第49話

「それじゃあ、その腕以外には怪我とかはないかい?」

「あ、はい、多分だけど大丈夫だと思います……?」

「ん? 何だか要領を得ない答えだね。まぁでもいいか、とりあえず君も椅子に座りなよ」


 マリーナは私の前に椅子を置いてくれていたので、私はその椅子に座らせてもらった。


「あ、ありがとうございます」

「あぁ、うん。 それでさ、君にも聞きたい事は沢山あるんだけど……でもその前に知ってたら教えて欲しい。ソフィの家族はどうしたんだい? 近くにはその……いないのかい?」

「そ、それは……その……えぇと……」

「そうか……いやいいよ。いやな事を聞いてごめんね」


 マリーナの問に対して私は言葉を詰まらせてしまった。私のそんな姿を見てマリーナは察してくれたようだった。マリーナは先ほどソフィアにやってあげたように、私にもぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


 その時、突然屋敷の外からドンドンッと何かを叩く音が聞こえてきた。それは先ほど私が外から叩いたドアノックの音だった。


「……ふぅ、今日はやけに客人が多い日だね。しかもこんな朝早くに。ちょっとごめんね、すぐ戻るからさ」

「あ、はい、わかりました」


 そう言ってマリーナは部屋から出ていき、玄関のドアの方へと向かって行った。


「失礼します、マリーナ様! 大至急本部に来てほしいとの事でして……」

「こっちも取り込んでいるから無理だ。それと当分の間は仕事の依頼は全部断るからな」

「そ、そんな! それは困りますマリーナ様……」


 マリーナがドアを開けるとすぐに訪問者との会話が始まった。その会話は私達がいる客室にもかすかに聞こえてきていたんだけど……でも何だか喧騒としていた。


(マリーナさんの部下が来ているのかな?)


 会話の内容的にはそんな雰囲気だった。でもあまり盗み聞きをするのは良くないと思ったので、私はこれ以上は聞き耳を立てるのは止めてソフィアの事を見守る事にした。


 そして少し経つとその訪問者の男性は屋敷から出ていき、マリーナは私達がいる客室に戻ってきた。しかしマリーナは少しばつが悪そうな顔をしていた。


「はぁ……ごめん、ちょっとだけ外出てきてもいいかな? すぐに戻るからさ」

「あ、はい、大丈夫です」

「ありがとう、本当にごめんね……まぁ遅くとも1時間以内には戻るからさ。だからそれまでソフィの事見といてあげてね」


 そう言ってマリーナも屋敷から出ていった。残された私は椅子に座り直してソフィアの様子を眺めた。 ソフィアはベットですやすやと眠っている。先ほどまでの苦悶な表情では無くなっていることに私は改めてホッと安堵した。


(……でも、ソフィアは本当に凄いよ……)


 私はソフィアの今後の人生の事を思うと、ソフィアの心の強さを改めて実感した。


 家族を失い、自分自身も危険な目に合っていたのに、それでもソフィアは絶望せずにちゃんと上を向いて生きていくんだ。これからは同じ境遇になってしまった子供達を助けるためにソフィアは日々頑張っていく事になる。


 そして8年後には勇者と出会い、世界平和のために魔王軍と戦う事になるのだから。本当にソフィアは凄い女の子だと私はそう思った。


(……私なんかとは大違いだよね)


 生前からエステルとソフィアの境遇はかなり似ている事に気が付いたんだけど……でもソフィアと決定的に違う所が1つだけある事にも私は気が付いていた。


 それは、エステルは魔族にも人間にも裏切られて全てに絶望し、何もかも諦めて心を無くしてしまったのに対して、ソフィアは絶望的な状況でも最後まで諦めず優しい心を無くさなかったんだ。それがエステルとソフィアの違いだった。でも……。


(……でも、もう私は諦めない)


 そう、私はもう決して諦めることはしない。母との約束を果たすために。


 そして家族に誇って貰えるように私は最後の最後の時まで頑張って生きてみせるんだ。そしてこれがきっと……。


(これがきっと……ソフィアの生き方なんだろうな)


 ソフィアの最後まで諦めない心を持った生き方はとてもカッコよく、そして生前の私にとって勇気を与えてくれるものだった。


 そしてソフィアはさっき私に向けて感謝を伝えてくれたけど……でも私だってソフィアには生前からずっと感謝しているんだ。だからそんなソフィアのために何か私に出来る事はないかを考えていった。

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