第27話

「怖いねぇ、そんなに睨まないでよぉ……あっ、そうだ! それでさぁ、ちょっと聞きたいんだけどさぁ……ひょっとして妹ちゃんも宝石とか持ってたりするのかな? もし持ってるようだったら見して欲しいなぁー?」

「……そんなの……持ってない……!」


 その子供はアイシャに向けてそう叫んだ。するとアイシャは先ほどまでニヤニヤと笑っていたのに、その言葉を聞いて一瞬で笑顔が消えた。


「……ふぅん、そうなんだ。 ま、聞いてみただけだから別に気にしないでいいよ」


 そう言うアイシャはとても冷めたような目になっていた。まるで、もうその子供に興味が無くなったかのように見えた。


 しかし、すぐにまたアイシャはニヤっと下卑た笑みを浮かべ始めた。


「それじゃあもう妹ちゃんには用事は無いんだけどさ……ふふ、でもごめんねぇ、アタシに攻撃してきた奴は全員殺すって決めてるからさ。あ、殺した後で妹ちゃんの身体はすみずみまで調べて宝石持ってないかどうかちゃんと調べるからね。もし持ってたら……ふふ、そのときは……どうしようかなぁ」


 アイシャはその子供に向かって、明確に“お前を殺す”と言い放った。アイシャはケラケラと笑いながら動けなくなっているその子供にゆっくりと近づいていき、そしてアイシャがその子供の首を掴もうとしたその瞬間……


(今行くしかない!)


 私は収納していた短剣をとっさに取り出し、それをアイシャに目掛けて投擲した。


―― カンッ……


 投げた短剣はアイシャの尻尾に当たったけど、手ごたえは一切なく短剣は尻尾に弾かれそのまま地面に落ちていってしまった。でもアイシャの気を反らせる事には成功した。


「……何?」


 アイシャは短剣が投げられた方向……つまり私がいる方に振り返ってくれた。私はその瞬間を狙って自己強化を唱えた。


肉体強化ウル・バイト!)


 自己強化をかけた私はすぐさまアイシャの方に目掛けて全力で走りだした。その瞬間、アイシャはビックリとした表情を浮かべていたが、でもすぐに冷静さを取り戻した。


「……へぇ? 私と戦る気なの?」


 アイシャは突撃してくる私の姿を見て、不敵な笑みを浮かべていた。全く腹立たしいけど……それは数年後の世界のアイシャとちっとも変わらないムカつく笑みだった。


「ふふ、最近の人間は突撃してくるのが流行ってるんだねぇ。いいよ……かかってきなよ!!」


 アイシャは闘志をむき出しにして私の方に全身を向きなおした。私はそんな臨戦態勢のアイシャを横目にしてさっさと通り抜けた。


「……え?」


 アイシャはきょとんとした顔をしていたけど私はそんなの完全に無視して倒れている子供の前で立ち止まった。そして私はその子供を抱きかかえてすぐにアイシャとの距離を取った。子供もビックリしているようだったけど、でも声を出す事はしなかった。


「……あらま、騙されちゃった。アタシと戦うつもりなのかって思ったんだけど、妹ちゃんを助けるのが目的だったんだねぇ」


 アイシャは私に向けてそう言ってきた。これが私にとって生前に関わりがあった奴との初会話だった。 でもこんなのちっとも嬉しくない、かなり嫌に決まってる。


(これがアイシャじゃなくて、アーク勇者やその仲間達だったらどれだけ嬉しかっただろう……)


 私はそんな事を思っていたら、アイシャは続けて喋り出した。


「……ふーん。君、もしかして中々に強いんじゃない?」


 私はただ全力で走っただけなのに、アイシャは私の事を強いんじゃないかと疑ってきた。ただでさえ私とアイシャの相性は悪いのだから、出来る限り弱い人間だと思ってもらえた方がありがたい。


「……まぁでも別にいいや、私と戦うつもりが最初から無いんだったら君は見逃してあげる、魔王様の命令だしね。あ、でもアタシのカッコいい姿はちゃんと沢山の人に伝えてよー!」


 アイシャはニコニコと笑いながら私に向けてそう言ってきた。私はその言葉に驚愕した。


(み、見逃すだって……!?)


 まさかアイシャからそんな言葉を聞くなんて思いもしなかったから、私はかなりビックリとしてしまった。


「アタシも他の魔族もさ、人間達の拠点まで逃げられたら流石に手は出さないよ? だからさ、早くナインを抜けられるといいねぇ」


 そしてここにいる魔族達はナイン地方からは出ませんよ、という宣言も貰えた。つまりゴア地方まで到達出来れば魔族達に追われる心配はないということがわかった。


(こ、ここまで来てよかった……!)


 これはかなり重要な情報だ。この情報を手に入れる事が出来たのであれば、かなり無理をして街道にまで来て良かったなと私は内心で凄く喜んでいた。


「あ、でもその代わりにさぁ……その妹ちゃんは置いていって貰えないかなぁ?」


(……え?)


 しかしアイシャは私を見逃す条件として、私が今抱きかかえている子供を置いていけと言ってきた。そして私が抱きかかえている子供はアイシャのその言葉を聞いてビクっと震えだした。


「妹ちゃんはアタシに剣を向けてきたからさぁ、アタシのポリシーとしてちゃんと殺してあげないと駄目なんだよねぇ。それにお兄ちゃんにも約束しちゃったからね。妹ちゃんもすぐそっちに連れていってあげるってさぁ、ふふ……」


 アイシャはくすくすと笑いながら私に向かってそんな事を語りかけてきた。その表情を見て私は背筋がゾクっとしだした。これが数年後には私の同僚になると思うと恐ろしすぎる。


(やっぱり……コイツは危険すぎる)


 私は改めて今の状況を整理する事にした。今ここでこの子供を置いていけば、私はこの街道を使って無事にナイン地方を抜けられるだろう。そしてアイシャが言ってたけど、ナイン地方を抜ける事さえ出来れば魔族は追ってはこない。


 という事はもう私はこの地獄から抜け出せる事がほぼ決まったも同然という事になる。でも……


(この子を……見殺しには出来ない)


 私は子供を抱きかかえたまま後ろをチラっと見た。この子供を抱きかかえたまま街道を走り抜けられるかの確認するためだ。しかし私が後ろをチラっと見たその瞬間……


「……あ、そう。妹ちゃんも連れて逃げるんだね。ふぅん、そっかぁ……」


 アイシャの声色が一気に変わった。とても冷たい声に聞こえて私はゾクっとした。アイシャには私の思惑は完全にバレているようだった。


「いいよ? 別にそのまま逃げてもさ。あぁ、そうだねぇ、可哀そうだから少しだけ待っててあげるよぉ……ねぇ、早く逃げなよ。でも妹ちゃん抱えてどれくらい逃げれるんだろうねぇ?? ふふ、それにさぁ……」

「……っ……」


 アイシャはそう言うと自分の顔に尻尾の先端を近づけていき、そしてそこに付着していた血をアイシャは丁寧に舐め上げていった。


「ふふ、それに蛇ってねぇ……匂いにすっごく敏感なんだよー? だからさぁ……あーあ、妹ちゃんの血の匂い……しっかりと覚えちゃったぁ……♡」


 アイシャはそう言いながら恍惚とした顔を浮かべていた。でもすぐにアイシャは感情を消して真顔になり、そして私が抱きかかえている子供に向けてこう言ってきた。


「ふふ、だからさぁ……お前は絶対に殺すよ」


 アイシャは明確な殺意をその子供に向けて放っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る