第38話  町の中心で……

 ミレーラは実に楽しそうにペガサスにまたがり、爽快そうかいに空を駆ける。



 数刻前

「では……ペガサスをお借りして、伯爵邸に向かったらどうだ?」

「ペガサス!? よろしいのですか!!」


 不安と期待の中、ペガサスにまたがるミレーラ。

「この馬は魔力を込める事で自在に操ることが出来る。ミレーラなら扱えるだろう」


「私が一人で……」

「大丈夫さ。さぁ、やってみなさい」


 ミレーラが手綱に魔力を込めると、ペガサスは翼を広げて上昇する。

 魔力を込める力や方向で感覚的にペガサスを誘導する事が出来た。

「本当です。兄さん、私、飛んでます!!」


「ああ、さすがはミレーラ(自慢の妹だ)」


「では、ペガサスをお借りします。兄さん、ありがとう」

 ミレーラはテオドルに手を振ると、伯爵邸に向けて飛び立った。


「凄い……あんな可愛らしい少女が、こんな簡単にペガサスを動かせるなんて……」

 見ていた騎士団の一人は、驚き、呆気に取られていた。



 ミレーラを乗せたペガサスは風を切り天空を駆け、あっという間に伯爵邸に到着した。


「ありがとう、ペガサスさん」

 ペガサスの顔をサラサラ優しくなでる。

(毛並みも綺麗でフサフサ……かわいい)

 ミレーラの目はペガサスの毛並みと手触りの良さに輝いている。


 その時、屋敷からクルムが出てきた。

「これは……ミレーラ殿? どうなされた。ペガサスに乗って来るとは……」


「はっ、クルム伯爵様!? ご機嫌いかがでしょうか?」

 突然のクルム伯爵登場に、驚き、しどろもどろになるミレーラ。


「うむ……。そちらはとても元気そうだな」

 ペガサスの横に立つミレーラに、笑みを浮かべるクルム。


「はい、ありがとうございます」

 ミレーラは恥ずかしそうにしていた。


「ところで……今日はどのようなご用件かな?」


(用事……そうでした……ロジェを探しに……)

 ペガサスに夢中で、用事を忘れかけたミレーラが反省して苦笑いを浮かべる。

「……急な訪問、申し訳ございません」


「いや、良い。私もあなたに話しがあったのだ……」


「お話ですか……」


「ああ、屋敷で話そう……入ってくれ」


 ミレーラはクルムに連れられ、部屋に案内された。


「ミレーラ殿、話しというのはコーデリアの事だ」


(ロジェの事を聞きたいのだけど……)

「あっ、はい。コーデリア様」


「彼女の中の悪魔が消えたが、もともと持っていた強い魔力が、また暴走するかもしれない。それで、ミレーラ殿には以前のテオドル殿のように、定期的に聖なる魔力を送ってもらいたい」


「私が、ですか!?」


「ああ、テオドル殿とエルトン司祭に相談したが、ミレーラ殿が適任だと……」


「そうですか……私でお役に立てるのであれば、喜んでお受け致します」

 ミレーラは立ち上がり、頭を下げた。


「そうか、それはありがたい」

 クルムも立ち上がると手を差し出し、ミレーラと握手をする。


「ところで……クルム伯爵様……ロジェはこちらに来ておりませんか?」

 ミレーラは言いにくそうにクルムに話した。


「ロジェ殿か……だいぶ前に帰られたが……」


「……そうでしたか……」

 うつむき、がっかりと肩を落とすミレーラ。


「貴殿が来られたのは、ロジェ殿に用があったのか?」


「……はい……」

 ミレーラは、悲しみの表情で下を向いたまま、うなずいた。


 ミレーラはペガサスをクルム伯爵邸の使用人に返し、屋敷を出る。

 夕焼けが辺りを茜色に染めていた。


「ロジェ……いったい何処に……」

 ミレーラは、寂しそうに、とぼとぼと歩き出した。




 冒険者ギルドでは1人の男がテーブルに座り、骨付き肉を食べながら、黙々と酒を飲んでいる。

 周りは騒がしく、大きな話し声、笑い声、楽器の音、踊りを踊っている者もいる。


 ジェマが男に話しかける。

「ロジェ、いつの間に戻ってたのよ」


「ん? ジェマさん……何かあったか……」

 ロジェは怪訝けげんそうな顔つきで答える。


 ジェマはロジェをにらみつける。

「ミレーラさんと今日、会った」


「ん? ミレーラと……会っていないが……」


「はぁー…………」


 ジェマは大きな溜息ためいきをつき、頭を抱えると、ロジェを指差しながら詰め寄った。


「あなた、ミレーラさんに黙って戻ってきて、挨拶もなかったらしいじゃない。どういうことよ!!」


「いや……それは……」

 ロジェはその気迫に圧倒され、たじろいでいる。


「ミレーラさん、今日一日、あなたを探していたはずよ。こんな所にいないで、ミレーラさんを探して来なさい」


「……何でミレーラが俺を探してるんだ?」


「理由なんて何でも良いの!! さっさと行け!!」


 ロジェはジェマの剣幕けんまくに押されて、ギルドを飛び出した。


「探せって言われても……何処を探したら……高い所に行ってみるか……」


 ロジェは町の中心にある光聖教会に向かった。



 高い階段を登りながらミレーラと登った時のことを思い出していた。


 階段を登り切る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 これでは、何も見えないな……


 光聖教会の前は大きく広がり、広場のようになっていたが、人の気配は無かった。

 そんな中に、ただ一人たたずむものがいた。


 ロジェが目をらすとそこには探していたミレーラが立っていた。


「ミレーラ!!」


 大きく手を振るロジェに、ミレーラも気が付き走り寄ってくる。


「ロジェ……探しました……やっと……やっと会えました」


 やっと会えた事にミレーラは安堵あんどしていたと同時に、自身の心臓が高鳴る音を聞いていた。


「…………俺も探していたんだ……」

 神妙しんみょうな顔つきのロジェ。


「えっ!?」

 ミレーラは、いつもと違うロジェの真剣な顔に驚く。

(胸がドキドキする……今日の私……どうしたのかしら……)


「でも、ミレーラ。どうしてここに?」

 ロジェはミレーラを見つめている。


「……何となく、ここに来ればロジェに会えると思いました……」

 ミレーラもロジェを見つめ返した。


 ロジェはミレーラの目を見つめていた事に気付き、照れ笑いを浮かべた。

「えっーと……そうだ……俺に何か用だったのか?」


 ミレーラはロジェの両手を握る。


「ロジェに依頼のこと……兄さんのこと、それだけじゃなくて、たくさんのお礼を言えて無かったから……」


 向かい合う二人、ミレーラは目に涙を浮かべていた。


「たくさん、たくさん……ありがとうございました」


 ミレーラは、とてもしおらしく、ゆっくりと頭を下げた。


 下を向き、涙を流すミレーラをロジェが優しく抱きしめる。

「……もし……嫌だったら言ってくれ……」


 ミレーラは、あまりの驚きから涙が止まり、思考が停止している。


(ドキドキ、ドキドキ)

 心臓の音で我に返るミレーラ。


「いえ……」

 頬を赤らめながら、ロジェをぎゅっと抱きしめ返した。


 静寂が辺りを包む。

 輝く星空の下、月に掛かっていた雲が晴れると二人を明るく照らした。




「あれー、ロジェさんじゃないですか!!」

 静寂を破る声に驚き、二人はさっと離れる。


「あっミレーラさんも。こんなところで二人、どうしたんですかぁ」

 声の主は、冒険者ギルドで働くミルトだった。


「いや……偶然ここで会ったんだ」

 ロジェは目が泳いでいた。


 二人のたどたどしさを怪しむミルト。

「なんかさっき……イチャイチャしてませんでしたか……?お二人とも……」


「してない!!」

「していません!!」


 ロジェとミレーラは二人同時に言い放った。

 声が重なり、驚いた二人だったが、お互いがお互いを見つめると、笑いあった。


「…………仲がよろしいですねぇ」

 そんな二人をミルトが、呆れて見ていた。

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