第23話 束の間

 神殿から、からくも脱出した二人。

 遠くに町明かりが見える丘の上で、ロジェは夜空を見上げ座っている。

 横に寝かせたミレーラが目を覚ます。

 目の前の満天の星にミレーラは、夢を見ているような気分だった。


 ロジェがミレーラに気づき声を掛けた。

「目を覚ましたみたいだな……」


 ロジェの声で我に返ったミレーラ。

「私は、また気を失っていたのですね……イフリートは……あれからどうなったのですか?」


「なんとか、逃げ切れたよ。ミレーラの魔法のおかげだな。さすが『聖女の卵』様だ」


 ロジェが笑いかけた。


「……そんなことは、ありませんよ……」


 ミレーラの表情は不思議に曇って見えた。


 周りを見渡すミレーラ。

「ここは、どこでしょうか?」


「通路の先にあった魔法陣でこの草原に飛ばされた……あそこに町の光が見える……ここは恐らく星降る丘だろう」


 ロジェが指差す先には町の光が見えた。


「本当ですね……町が見えます……」


 ミレーラはホッとした様子で後ろに倒れ込むと、草原の上で、星空を見ている。


 寝そべったまま、ミレーラはロジェに笑いかけた。

「星降る丘……たしか、グレースの町、南にある丘ですね……無事に戻って来れたのですね」


「ああ、無事に戻って来れた……」


 ロジェも同じように寝そべるとミレーラを見て微笑んだ。


 顔を合わせた二人だったが、距離が近く、お互いに顔を赤らめた。

 二人はお互いに赤くなった顔を気付かれまいと、夜空に目を移す。


 キラキラと輝く星空を二人は見ている。時折、風が吹くと草原の草花が風に揺られ、サラサラと音を鳴らした。

 ミレーラはこの時間が、いつまでも続くように願っていた。

 束の間の静寂が続く。


 ロジェが立ち上がるとミレーラに手を差し伸べる。

「そろそろ、行こうか……みんなが心配しているだろう。ギルドに戻ろう」


 ロジェの手を掴み立ち上がるミレーラ。

「そうですね。皆さんに無事を知らせないと」


 二人は町に向かい、歩き出した。


 町の南側に位置する南門の外は草原地帯が続くヒュー大陸だ。

 農牧が盛んな地域である。

 魔物の発生も少なく、周辺地域では一番安全であった。

 そのため、南門は夜間でも通常通りの往来できる。


 南門に着くと門番が声が声を掛けてきた。

「ロジェさんじゃないか。こんな夜に戻って来て、また、依頼だっかのかい?」

「ああ、そんな感じだ」

 ロジェは軽く手を振ると南門を通過する。


 ミレーラが話しかける。

「ロジェさん、お知り合いですか?」


 ロジェは少し答え辛そうに話した。

「ああ……俺の住む家が近くにあるからな」


 ミレーラはロジェの態度に違和感を感じたが、詮索はせずにいた。

「そうなんですね……」


 牛飼いや羊飼いの農舎が立ち並ぶ道をギルドに向けて歩く二人。


 ふと、前から見入った顔が歩いて来る。

 目の前から歩いて来たのはジェマだった。


 二人を見つけ、驚いた様子のジェマ。


「え……!?ロジェ、ミレーラさん」


 ジェマは血相を変えた顔で走ってくると二人を抱きしめた。


「良かった……あなた達、生きていたのね……良かった」


 ジェマは二人を抱きしめたまま、涙を流していた。


「あなた達、大丈夫。怪我はしてない?」

 二人から離れたジェマは、足元から頭の先まで、覗き込むように二人を凝視している。


 ロジェは小さく頷く。

「ああ、二人とも怪我はない」


「うん、良かった……ミレーラさんも、大丈夫そうね」


 二人に怪我がなく、無事を確認したジェマが納得したように頷く。


 ジェマは歩いて来た道を振り返る。 

「私は、ギルドにあなた達の無事を知らせてくる。疲れているでしょう、私の家、すぐそこだから、今日は泊まっていきなさい」


 ロジェはジェマの手を掴んだ。

「いや……俺たちは、大丈夫だ……これからギルドに報告に行くところだから……」


「……何を遠慮してるのよ。あんたの家でもあるんだから、先に行ってなさい。詳しい話は、その時、聞かせてもらうわ」


 ロジェの手をに手を振り解き、ジェマはギルドに向かって走っていった。


 残された二人に微妙な空気が流れる。


 ミレーラは少し怒り気味で質問してきた。

「……ロジェ、ジェマさんと住んでいるんですか?……」



「いや……」


 ロジェは答えに迷い、歩きだした。


「ちょっと、待ってください」


 ミレーラは、ロジェを追って歩きだした。


 ロジェは可愛らしいドアプレートが掛かっている家に立ち止まり、鍵を空けて入っていった。


「おじゃまします……」


 部屋の中は綺麗に片付けられており、ロジェが明かりをつけるとミレーラにテーブルの席に座るように手を添える。


「何か飲み物を出すから、ここに座っていてくれ」


 しばらくすると、ロジェは温かい飲み物を持ってきた。


「……東の方で取れる葉をせんじた飲み物で、紅茶っていうらしい。ジェマさんが好きで置いてあるんだ」


「ありがとうございます……」

 ミレーラは、可愛らしいカップに注がれた紅茶に口をつけると、何とも言えない気持ちに苛立ちを覚えていた。


 向かい合って座る二人に、何となく重い空気が流れていた。



 沈黙の続く中、ミレーラが口を開く

「あの……ロジェは、ジェマさんと、ここに……」



 その時、勢い良くドアが開き、たくさんの食べ物を抱えたジェマが戻ってきた。

 食べ物をテーブルの上にドサッと置くと、変な空気を察したジェマ。


「二人とも、ただいま。…………なんか二人とも、辛気臭しんきくさい顔してるわね……まぁいいわ、これ見てよ!! あなた達が無事に戻ってこれたって聞いた、ギルドのみんながたくさん食べ物をくれたわ。みんなで食べましょう」


 たくさんの料理をテーブルに並べると、三人は食事を始めた。


 ロジェが、先日の【紫花摂取依頼】で西門を通過した後の経緯いきさつを話し始めた。


「へぇー、あの婆さんが【紫花】を……意外と良いとこもあるんだねぇ」


 ジェマは若干、酔っているように見える。

 可愛らしいコップの酒を飲み干す。


 ミレーラのコップにも酒を注ぎ足す。

「ほら、ミレーラさんも、飲んで、飲んで」


 ミレーラはジェマの趣味であろう可愛い小物が気になって仕方なかった。

(ロジェはジェマさんと一緒に、こんな可愛い部屋に住んでるのかしら……)


 ジェマが話を催促する。 

「それで、その赤いゴブリンをやっつけて、どうしたの……」


「その後……」


 ロジェは、これまでの事を隠さずに話した。



「そうかー……光聖教会……」


「ああ、ミレーラの兄さんが生きてると伝えた霊が、最後にそう言ったらしい……」


 ジェマは酔いが回っているのか、うんうんと大げさに頷いて聞いている。 


「……明日、向かうのね……あっ、でもその前に、ギルドに寄ってマスターに挨拶してからにするのよ」


「ああ、分かってる。……心配掛けただろうから……」


 ミレーラの方を見ると、机に顔を伏せて寝ていた。


「あらあら、それじゃ、そろそろ、お開きね」


 ジェマは、ミレーラに声を掛ける。

「ミレーラさん、こんなとこで寝たら風邪ひくよー」


「……あ、はい……」


 フラフラのミレーラに肩を貸すとジェマは奥の部屋に連れて行き、ベッドに寝かしつけた。


 部屋から戻り、カチャカチャとテーブルの上を片付け始めるジェマ。


「今日は、私がいるから護衛は大丈夫よ。あなたもゆっくり休みなさい」


「ありがとう……そうさせてもらうよ……」


 ロジェが立ち上がり歩き出す。


「ロジェ、ミレーラさんだけじゃなくて、みんな、心配していたわ。もちろん、私もね……」


「……そうか……すまなかった……」


 ロジェは静かに頭を下げた。


「そうだ……一つ質問があるんだが……」


「なによ?」


「ミレーラが俺に使った魔法の事だけど……」


 ロジェはミレーラが光る文字をつづって使用した魔法を説明した。


「……それは、上級魔法以上の魔法ね……おそらく神級しんきゅう魔法……伝説級の魔法よ……」


「そんなに凄い魔法なのか」


「ええ……上級以上の魔法は、呪文の詠唱えいしょうと文字が必要なの……、最低でも七行の超魔法、強力になれば、それだけ詠唱と行が増えていくわ……今では、ほとんどが失われた魔法よ……あの子、どこでそんな魔法を……」


「それも『聖女の卵』が関係しているのか?」


「かもしれないわね……でも、良かったじゃない、それがなければ厳しかったんでしょう?」


「ああ……」


「なら、あの子に感謝しないとね……本当、たいした子だわ……」


 ロジェとジェマは、ミレーラの寝る部屋を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る