第4話
「送ってくれてありがとう。それじゃあまた後で」
「はーい、ヘルプ頑張ってねー」
「彩辻さんも取材ガンバ」
美奈子を商店街のホテルに送り届けた後、彩辻さんは屋台の取材に取り掛かる。
万常次の
時刻は夕方。十七時頃。
屋台の並ぶ通りはすっかりお祭りの雰囲気で、浴衣を着ている地元民の姿も見られる。
ヒーロー戦隊モノから怪獣やホラー系、昔ながらのひょっとこやおたふく、キツネの面まで揃ったお面売り。
水風船すくい。射的。クジ紐。輪投げ。わた飴、たこ焼きにカラメル焼きと、食べ物も玩具も新旧入り混じる混沌とした屋台通り。
電球の温かい明かりが、お祭りの夜店らしい独特の雰囲気を醸し出している。コウ少年が色んな形をしたバルーンに興味を示していた。
(良い雰囲気だなぁ)
ケイが適度な人混みと雑踏のざわめきに和んでいると、駅の方から怒鳴り声が響いて来た。微妙に聞き覚えのある声に、ケイは潟辺を思い浮かべる。
その時、ケイの近くにいた人達の話し声が耳に入った。
「またあいつ等か」
うんざりした様子で互いに顔を顰め合っている。どうやら他の撮り鉄グループや個人からも迷惑に思われていたようだ。
「あの子らだけちょっと変だよね」
「うんうん、なんか
「リーダーがハブられてるみたいだもんねぇ」
(ん? どういう事だ?)
ケイは彼等の噂話に耳をそばだてる。
どうやら商店街のホテルで隣の部屋に宿泊しているグループで、潟辺をリーダーにしている筈のグループが、酒盛りをしながらその潟辺を嘲っているのを聞いたらしい。
彼等が聞いた内容とは、初日に潟辺だけホテルに泊まれなかった時、そのグループメンバーが祝杯を上げていたというもの。
「ざまあとか言ってたもんな」
「あれって仲間内の悪ふざけかと思ったけど、どうも違う感じだったよね」
潟辺のグループメンバーは『自分は奴に何をしてやった』みたいな加害自慢をしていたらしい。
公園で野宿になった潟辺に石をぶつけたり、段ボールハウスにペットボトルを投げ込んだり、靴を片方隠したり。
『え、あれってお前の仕業かよ。草生えるわ』
『でも石はやばいっしょ、当たりどころが――』
『ちな、初日にあいつの部屋キャンセルしたの、オレな』
『ぎゃはは!』
そんな事を語り合っていたそうな。
(ふーむ、潟辺は迷惑な奴だけど、その周りの連中も随分陰湿だな)
しかしあのグループのリーダーは潟辺であり、その潟辺はメンバーから特に虐められているだとか、強要されている感じはしない。
どちらかというと潟辺が率先して仲間に指示を出しており、彼のワンマングループのような雰囲気だったように思う。
(なるほど歪だな。もしかして裸の王様ポジションなのかな?)
と、ケイは潟辺達の関係性を推察する。
(まあ、深くかかわる事もないだろう)
たまたま耳にした潟辺グループの内情報を頭の隅に追いやり、ケイは取材歩き中の彩辻さん達に付き合って屋台の通りをぶらぶら見て回った。
陽が沈み、空もすっかり暗くなる。時刻は凡そ十八時半。
屋台が立ち並ぶ商店街を橙色に照らし出す電球の明かりは、なんだかノスタルジックな気分にさせられる。
「そろそろ帰りましょうか」
「お疲れ様です」
「おつかれー」
取材と少しの食べ歩きを堪能した彩辻さんを労い、これから万常次に帰る。コウ少年を間に挟んで三人で歩いていると、よく若夫婦と間違えられた。
そんな万常次までの帰り道。ケイはふと、商店街を一人で歩く潟辺の姿を見掛けた。酷く不機嫌そうな表情で足早に通り過ぎた彼は、商店街のホテルに入って行った。
潟辺のグループ仲間はホテルに泊まっているそうなので、合流するのかもしれない。
夜の七時過ぎ。
万常次に戻ったケイは、彩辻さん達と共に部屋で夕食をとっていた。この後は商店街の銭湯に向かうので、一緒に行動しようと時間を合わせるべく部屋に招いていたのだ。
「ここに泊まってると銭湯の利用も料金分に含まれるんで、フリーパスなんですよ」
「うわーそうなんだ? 初日から泊まれれば良かったのに」
彩辻さん達の万常次への宿泊は急遽決まった上に周囲がバタバタしていた事もあり、一部説明が省かれていた。なのでケイがその辺りを補完する。
その時、廊下をドスドスと歩く音が響いた。どうやら潟辺が帰って来たようだ。なにやら機材を弄っているらしく、奥の小部屋の窓際でごそごそしている様子が窺える。
「ホテルの仲間の所には泊まらないのか。夕食は向こうで済ませて来たのかな」
「まあ、既にこっちに泊まらせて貰ってるもんね」
少し声を潜めたケイは、彩辻さんとそんな話をしながら、商店街で耳にした潟辺達グループに関する噂話を思い浮かべる。
ホテルで隣の部屋に泊まっているらしい別の撮り鉄グループが聞いた、潟辺の仲間達による所業を考えると、なぜ同じグループでリーダーまでやっているのか疑問に思える。
(まあ、組んだ当時は普通に仲良くて、段々険悪になって今の状態になってるのかもしれないが)
潟辺達の関係について少し考えを巡らせたりしつつ、彼等の事は一旦意識の外においた。
彩辻さんからコウ少年も伴った取材旅行の体験談を聞くなど、楽しくお喋りしながら夕食を済ませたケイは、二人と連れ立って商店街の銭湯に向かう。
「それにしても、バスジャック事件に巻き込まれたとか、結構凄い体験してますね」
「あの時はねぇ~、本当大変だったわ」
国内の小旅行バスツアーに雑誌の取材枠で参加したら、移動中のバスに刃物を持った二人組が乗り込んで来て、ツアーのバスごと山中に連れ去られそうになったらしい。
その時は乗客全員で協力して犯人らを叩きのめし、取り押さえたのだとか。
「お巡りさんに怒られたけどね」
「あれはねー」
最初に反撃を仕掛けたコウ少年曰く、犯人を刺激する危険な行為として咎められたそうな。何でも、犯人から不意打ちの手品で凶器を取り上げて無手にした上で全員でタコ殴りにしたという。
(刃物持った大人二人に武器強奪を仕掛けるとか、コウ君なかなか怖いもの知らずだな)
細く小柄で女の子のような可愛い見た目に反して、とんでも無く豪胆な子のようだと、ケイはコウ少年に対するイメージに新たな面を追加した。
(妙に大人びていて、物怖じしない。ちょっと不思議で、豪胆な子――か)
ちらほらと店じまいを始めている、屋台の並ぶ商店街の通りを歩きながら、ケイはコウ少年の『ちょっと不思議』な部分についても少し考える。
『ケイって、変わってるね。そんな能力の人、初めて見たよ』
初対面で向けられたその言葉の意味。
(あれって、やっぱり
何かそういうものを見抜く能力でも持っているのかもしれない。自身が特異な能力持ちなので、自分の他に霊能力でも何でも、特殊な力を持つ人が居ても疑問には思わない。
彼の妙に大人びた雰囲気も、昔話に聞く豪胆な行動力も、その能力所以なのかもしれない、と。
夜の八時頃。銭湯から戻り、ケイの中部屋で雑談を交えつつ今日の取材レポートを纏め終えた彩辻さんとコウ少年は、また明日に備えて休むべく自分達の小部屋へと戻って行った。
ケイも特にする事がないので寝床につく。布団に入って眠くなるまでスマホ弄りというパターンは、あまり良くないと言われつつも、テレビの付けっ放し(タイマー付き)に並ぶお約束ムーブ。
奥の小部屋の潟辺はまだ起きて活動しているらしく、部屋の明かりは消しているが、相変わらず窓辺でゴソゴソしているようだ。
時折、町の中心街の方から若者達の歓声が聞こえて来る。
夜遊びをしているグループが居るらしい。夜間に騒ぐのはやはり近所迷惑ではないかと思うが、昼間の駅周辺で聞かれる怒声の類でないだけマシなのかもしれない。
そうしてケイがうつらうつらし始めた時、ドスドスという廊下を踏み鳴らす音で意識が引き戻される。握っているスマホの時計を見ると、夜中の十時過ぎを指していた。
(さっきの足音は潟辺か。どっか出掛けたみたいだな)
少し眠気が覚めてしまったので、トイレにでも行ってこようかと起き出したケイが部屋を出ると、薄暗い廊下の先に佇む小さな黒い影。
「うお、コウ君か」
一瞬驚くケイ。階段の方を向いていたコウ少年は、ケイに振り返ると一言こう告げた。
「あの人、ちょっと危ないかも」
「え?」
先ほど部屋を出て行った潟辺の事かなと、ケイも階段の方を見る。下から玄関の扉の開閉音が響いた。潟辺が民宿を出たようだ。
そんな推察をしている間に、コウ少年がトテトテと階段を下りて行く。その後を追うように、ケイも一階まで下りた。
「あれ?」
が、コウ少年の姿が見当たらない。
(トイレにも居ないな)
ほとんどの明かりが消えた一階。ロビー部分や食堂の付近までうろついてみたが、どこにも居なかった。
(まさかこの時間に出掛けたとか?)
広めの玄関は閉じられたままだ。扉の開閉音は潟辺のモノと思われる一度しか聞いていないので、それは無いかと思い直す。
子供特有の隠密力を発揮して、こっそり二階に戻っているのかもしれない。少し気になりつつも部屋に戻ったケイは、物音に耳を澄ませながら寝床に潜った。
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