第2話




「おはようございます」


 翌朝の九時。身だしなみを整えたケイは食堂にやって来る。朝食はお座敷の低くて大きくて長い食卓に用意されていたので、食堂ここで食べていく事にした。


(朝から素朴な和食。よきかな――)


 普段が洋風の生活スタイルな為か、この広い宴会場のような食堂の立派な食卓で一人いただく家庭の味は、何となく贅沢な気分になれる。



 朝食を堪能したケイは、食堂のカウンターの向こうにある家人用リビングで食事を済ませて出て来た美奈子と鉢合わせると、食後のまったりした時間を過ごしながら少しお喋りをした。


「はい、お茶」

「あ、ども」


「羊羹もどうぞ」

「いただきます」


 お盆に急須と湯飲みとオヤツも乗せてやって来た美奈子は、ケイの隣に横座りすると、備え付けのポットからお湯を注ぐ。

 二人でお茶を啜りつつ雑談に興じる。


 話題はやはり廃線イベントで増えた観光客の多さや、一部の問題行動を起こす人達について。昨日の不法侵入集団以外にも、場所取りで喧嘩をしているグループが居て怖いとの事。


「そう言えば昨日、商店街で雑誌の記者って人にインタビューされたわ」

「へ~、やっぱりそういう人達も来てるんだ」


 美奈子の話によると、声を掛けて来たのが子供連れの若い女の人だったのでびっくりしたという。


「ん? それって――」


 ケイが覚えのあるその人物像を思い浮かべていると、外から怒鳴り声が聞こえて来た。思わず顔を見合わせたケイと美奈子は、様子を見に席を立つ。



 玄関から民宿前の通りに出てみれば、少し離れた場所に人だかりができていた。

 線路に近い電柱と金網の柵近くで、二つの撮り鉄グループが怒鳴り合いの喧嘩をしているらしい。青年団のおっちゃん達が仲裁に入っている。


 美奈子が青年団のおっちゃんに、ケイは野次馬の近所のおばちゃん達に話を聞いてみたところ、片方のグループの一人がベストポジションに設置しておいたカメラを盗まれたとか。


「あれって昨日の人達よね?」

「そうみたいだね」


 カメラを盗まれたと訴えているのは、民宿・万常次の庭先に不法侵入してケイに引き摺り出された集団のリーダー格の青年だ。

 そして盗んだ疑いを掛けられて口論しているのは、昨日彼等を遠巻きに見ながら一番近い場所で撮影していたグループ。


 荷物を見せろとか弁護士の用意をしとけなどの怒声が飛び交っている。青年団のおっちゃん達が間に入った事で暴力沙汰にまでは至っていない。


 そこへ、通報を受けた駐在さんがやって来て双方の話を聞く。


「う~~ん、それは難しいねぇ」


 盗まれたと騒いでいる青年は被害届を出すと言ってるが、そもそも無許可で設置したのなら違法になる。かなりグレー判定で譲歩しても、落とし物扱いになると説明されてごねている。


 とにかく消えたカメラを探したい青年は、疑いを向けたグループに荷物検査をさせろと主張するも、そんな強制はできないと駐在さんや青年団の皆さんに宥められている。


 やがて喚き疲れたのか、件の青年の勢いが落ち着いて来たところで、そのカメラはどこに置いていたのか、誰か動かした人がいないか等の目撃者探しに移った。



 そんなやり取りを横目に、ケイと美奈子は食堂に戻る。朝食後のまったりした時間が台無しだと呻きつつ、先ほどの騒ぎについて語らう。


「普段は静かな町なんだろうに、外から来た人達が騒ぐと自分も申し訳ない気分になるな」

「あはは、曽野見さんはいい人ですよ」



 その時、来客を報せる声が響いた。


「すみませーん、何方どなたかいらっしゃいますかー」


 若い女性の声に、美奈子は食べ掛けの羊羹を口に押し込んで立ち上がると、玄関の方へ駆けていく。


「はーい――あれ、雑誌の記者さん」

「フリーのジャーナリストです。あ、昨日はインタビューに答えて頂いてありがとうございました」


 美奈子と女性の会話に耳を傾けるケイも、廊下に出て玄関の様子を窺う。


(あ、やっぱりあの子連れの人だ。フリージャーナリストだったのか……)


 ポケットの多い厚手のジャケットが特徴的な、首からカメラをぶら下げている眼鏡でショートヘアーの女性と、その傍らに立つ小学生くらいの男の子。荷物はキャリー付きの旅行鞄一つ。



 彼女達が泊まろうとしていた商店街のホテルは、初日から満室で予約も取れない状態。昨日は公園で野宿したらしい。

 今朝も早くから契約しようとホテルに向かったが、断られたという。団体客で高額料金を払う客が多く、そっちに回されたらしい。


 このまま公園で野宿を続ける覚悟もしたが、ここで民宿をやっていると聞いて訪ねて来たそうな。


「それって、誰に聞きました?」

「えーっと誰だったかなぁ。誰かがそんな話をしてたような」


 女性は偶々耳にしたかのように答えるが、ケイの観察眼は彼女が今何かを誤魔化したように感じた。


「雑貨屋のおばちゃんかなぁ。んもう」

「それで、泊めて頂けますか?」


「う~んお子さん連れですし、彩辻さんなら良いかな?」


 廃線関連で観光に来た人をあまり泊めたくなさそうな美奈子だったが、フリージャーナリストの女性――彩辻さんは他の傍若無人な人達と違い、常識人だったという理由で宿泊を認めた。


「あ、取材ついでに民宿・万常次の宣伝も……」

「あはは、記事を纏める時に宿泊トラブルネタでさり気なく上げておきます」


 美奈子は彩辻さんとそんな話をしながら部屋へ案内を始める。先程の、窃盗騒ぎ云々の殺伐とした空気の後では、ほのぼのとした良い雰囲気だ。


 ケイがそんな風に和んでいると、彩辻さんが連れている男の子がぶらりと寄って来た。じっと観察するような視線で見上げてくるので、ケイは少しかがんで目線を合わせる。


「ん? どうしたのかな?」

「ケイって、変わってるね。そんな能力の人、初めて見たよ」


「……え?」


 思わず固まるケイ。


(今のどういう意味だ? そんな能力って……いやそれよりも、俺この子に名乗ったっけ?)


「ボク、コウって言うんだ。みくにもりコウ」

「え? ああ、俺は――曽野見 景……」


「よろしくー」


 それが、不思議な少年、『御国杜みくにもりコウ』との出会いだった。



「それじゃお部屋に案内しますね」

「よろしくお願いします」


 美奈子が二人を客間に案内している間、食堂に戻ったケイは、お茶とオヤツの残りを頂いてから部屋に戻った。



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