10.(幼少期編)優勝賞品
「なぜだ? 答えによっては、初等部のシャルトリューズの聖女ワン・グランプリ出場辞退は、僕が認めない」
金髪碧眼で、ゴリラ体形の第一王子が、大声で私に怒鳴りました。
ここは、王宮の謁見の間です。
本来は、国王陛下しか座れない玉座に、陛下の孫で、しかもまだ学生である第一王子が、ふんぞり返っています。
「私は、昨年と違い、第一王子様の婚約者となっております」
初等部である私は、二つに結んだ銀髪の頭を下げ、理由を申し上げます。
「そうだ。連続優勝して、僕の婚約者になったことを、光栄に思うがよい」
聖女ワン・グランプリは、第一王子の父親である王太子の、亡くなった二番目の妃様を哀悼するために始まり、今回で三回目になります。
出場資格は、結婚前の令嬢であるということだけで、婚約中の令嬢でも出場の資格があります。
「第一王子様は、聖女ワン・グランプリの審査委員長であられますので、婚約者の私が出場すれば、公平性に疑いが持たれることになります」
私は、第一回目、第二回目を連続して優勝したことから、第一王子と婚約させられました。
第一王子は、中身などには興味がなく、なんでもかんでも一番が好きなのです。
なので、連続優勝した私との婚約を、最初は喜んでいました。
しかし、1年が経って、私に面白みのないことに気が付き、飽きてきたようです。
「僕の婚約者だからといって、忖度して優勝させることはない。可愛いと思った令嬢を選ぶだけだ。公平性は保たれている」
「僕の婚約者は、グランプリの優勝者でなければならない。優勝賞品は、僕との婚約だ」
第一王子は、毎回、優勝者と婚約するそうです。ほとほと呆れます。
私との婚約は、国王陛下の命令であり、私たちの意思ではないのですけど。
「第一王子様は良いでしょうが、他の審査員の方々は、既に婚約者である私に投票すると思われます」
私の意見を述べます。
「審査員は、事前に買収しておく」
いや、それはダメでしょ。
「しかし、もしもの場合を考えて、準備しておくことは悪くない。シャルトリューズの意見はもっともかもしれん」
そういうことを言ったのではありません。
「よし、シャルトリューズの辞退を認めよう。そうすれば、僕は好みの可愛い令嬢を選ぶことができるわけだ」
言い返したくなる所が、いっぱいありますが、このクソ王子との会話は、時間の無駄です。
カーテシーをとり、退室の挨拶をします。
実は、私は、聖女の証でもある治癒の光魔法を使えなくなっています。
昨年、このクソ王子との婚約を命じられた際、悲しみのあまり熱を出して一週間寝込み、目が覚めると、呪いなのか、光魔法が使えなくなっていました。
このことは、家族以外、秘密にしています。
聖女ワン・グランプリに出場して、私が評価されてきた得意の光魔法を使えないとなると、秘密が皆に知られてしまいます。
貴族社会で生き残るためには、隠し通すべきだと、初等部の私でもわかります。
◇
「シャルトリューズお嬢様、落ち着いて聞いてください。第二王子様が大ケガを負いました」
グランプリの辞退について、国王陛下と王太子に報告した後、王宮の控室で馬車を待っていた時です。
侍女からの報告に、体中の血がサーっと抜けていくような感触が走ります。
同級生で黒髪のイケメンの第二王子は、第一王子との婚約さえ無ければ、私にプロポーズしたと思います。
「噂では、第一王子様と、シャルトリューズお嬢様との婚約を賭けて決闘し、敗れたとのことです」
椅子に座っていなければ、私は倒れたと思います。
「歯を食いしばって下さい。国王陛下から依頼がありました」
侍女が、私に気合を入れてくれます。
「ハァハァ……陛下からの依頼?」
呼吸を整えながら、依頼の内容を考えます。
◇
ここは第二王子の寝室です。
ベッドに、黒髪の彼が、包帯も巻かれず、腫れあがった顔のまま、寝込んでいます。
「国王陛下、ご指示に従い、お見舞いに来ました」
椅子に座っている国王陛下に挨拶をします。
人払いは、済んでいました。
「孫のために、ありがとう」
第二王子は国王陛下の孫です。
「第二王子様の具合は、いかがですか?」
「思わしくない……」
金髪に白髪交じりの国王陛下の言葉に、目の前が真っ暗になります。
「光魔法を使える令嬢を招集したが、間に合わないかもしれない。王宮の中に聖女を配置しなかったのは、間違いだった」
国王陛下の言葉よりも、第二王子の呼吸が弱弱しいことが気になります。
「シャルトリューズちゃん、頼む、ノアに光魔法をかけてくれ」
「国王陛下、実は、私、光魔法が使えなくなってしまいました」
「シャルトリューズちゃんの魔力に異変が起きていることに、実は、気が付いていた。しかし、一時を争う、お願いだ、愛する者へ、祈ってくれ」
第二王子へ、治癒の光魔法を発動しようと、祈りますが、わずかな金の粉のような光が見えましたが、直ぐに消えてしまいました。
「やはり、発動しません……」
「愛する者……」国王陛下の言葉が浮かびます。
もう一度祈ります。
今度は、光魔法を発動するイメージではなく、愛する人を想うイメージで祈りました。
「ノア君、あの約束、私、ずっと待っているから」
ノア君を光が包み込みます、金色ではなく、さらに光の強い、ダイヤモンドのような輝きです。
「げほッ」
ノア君が、少し血を吐き出し、目を覚ましました。
顔のハレも引いていきます。
「あぁ、女神様、ありがとうございます……」
ノア君は、小声ですが、しっかりと声を出しました。
意識が混濁しているのか、また眠りにつきます。
今度は、呼吸が安定しています。
「な、なんということだ、今のは伝説の聖魔法か……」
国王陛下が、驚いています。
「シャルトリューズちゃん、今の魔法のことは秘密にしなさい、いいね。父上の侯爵には俺から話すから」
なんのことかわかりませんが、ノア君が回復したのは、うれしいです。
◇
「只今より、第三回聖女ワン・グランプリを開催いたします」
司会者が、王宮のホールで、開会を宣言しました。
ホールには、多くの貴族が集まっています。
新しい優勝者が誰になるかで、貴族社会の流れが変わりますので、当然です。
私は、来賓席に座り、ボーっと眺めています。
テーブルの上の名札には、前回優勝者、第一王子様ご婚約者、女侯爵と記されています。
国王陛下が私を高く評価し、女侯爵という一代爵位を授けてくれました。
今回のグランプリは、見ていて退屈です。
光魔法の優劣ではなく、聖女としての可愛らしさと、聖女のコスプレ具合で、優勝を争っています。
これなら、光魔法が使えない私が出ても、秘密が漏れることは無かったと思います。もう、どうでもいいですけど。
出場者の令嬢たち、見ている貴族たち、ほとんどの方々が、審査方法を疑問に思っているようです。
「優勝は、この伯爵家令嬢とする」
第一王子が嬉々として発表します。いつの間にか、グランプリは終わっていました。
優勝は、私と同じ初等部の栗毛の令嬢に決まったようです。いかにも第一王子が好きそうな感じの令嬢です。
「優勝賞品は、僕のハグだ」
クソが、優勝者である令嬢を、ハグし、抱き上げています。
令嬢も、クソに抱きついています。
私は、ありえない場面を、無の表情で見つめます。
周囲から多くの視線を感じますが、私は眉の一つも動かしません。
「こ、怖い……」
誰かが、つぶやいています。
私は、呪いの影響なのか、耳がとても良く聞こえるようになっていますので。
◇
次の日、王宮の謁見の間に呼ばれました。
玉座に座っているのは、もちろん国王陛下です。
他には、なぜか、お父様だけしかいません。
「第三回聖女ワン・グランプリは、開催が無かったことにした。次年度以降も、開催しない」
国王陛下が宣言しました。
「あれは、聖女とは認められない」
そう言って、国王陛下は、厳しい顔から、優しいおじいちゃんの顔に変えました。
「難しい話はやめよう、シャルトリューズちゃん、ノアを助けてくれて、ありがとう」
「あの魔法のことは、誰にも言わないでね。聖魔法が使えることがバレると、怖いおじちゃんがくるから」
国王陛下が何を言っているのか、正直、初等部の私には分かりません。
「はい、ありがとうございます」
とりあえず、お礼を言っておけば、なんとかなりそうです。
「ノアにも、言っておいたから、いいね」
国王陛下は、私を第一王子の婚約者と指名したのに、私がノア君を好きなことを、知っています。
婚約の前、ノア君は、強くなって、私をお姫様抱っこすると誓ってくれました。
私は、待っていますと、ノア君に約束しています。
「はい、クソ王子の婚約者として、クソ貴族をだまして、ずっとノア君を待ちます」
初等部の私は、はじける笑顔で、国王陛下に誓いました。
(次回予告)
次回は聖女グランプリの舞台袖。落選した令嬢が、審査方法がおかしいと、係員に詰め寄ります。おかしいのは、第一王子がクソだからです。
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