第1話

『きゃっ、やだ離してぇ――っ! わたくし、私に触らないでぇ!』


 牢屋なんていや!

 騎士に捕まるぅ!!


 パチッ。


「ハァ、ハァ……ハァ? ゆ、夢? 妙に、リアルな夢だった…………って、え?」


 部屋の中央にシャンデリアが釣り下がる豪華な天井、水色の布が垂れ下がる広く豪華なベッド? 昨日まで見ていた押入れ、小学生の時に買ってもらった勉強机と木製の本棚、ベッドに散らばるお気に入りの乙女ゲームのソフトとゲーム機がない。


 ――ここ、どこなの?


 水色に統一されたお姫様のような部屋と、小さい子供の手。

 まさか? 私は慌てて近くの鏡を覗いた。

 その鏡に映ったのは水色のおしゃれ寝巻きを着た、可愛い外人ぽい子供。


「まさかね……」


 こ、この子供にしては切れ長な琥珀色の瞳と顔。なんだかマリーナみたい? ――え、マリーナ? 


「うそ、この顔はマリーナだ。それも子供のマリーナ? 私って転生したの?」


 そう言葉を口にしたとき『ズキッ』と頭に痛みが走り、自分の、マリーナの昔の記憶を思い出した。歳は9歳、子供なのに笑わないマリーナ。いつも両親、メイド――周りの大人たちを睨みつけていた。


「わたし、この髪型嫌い!」

「この料理、美味しくない」

「わたしに口出ししないで!」

「うるさい、うるさい!」


 数々の暴言の数を吐くマリーナの姿が見えた。


 あわわ……これは非常にまずいのでは? 乙女ゲームのマリーナは冷たく、笑わないが優雅な振る舞いで淑女の鏡と呼ばれていた。――だけど子供のときのマリーナって、すぐ癇癪を起こして、物に当たり、誰彼構わず暴言を吐く暴君!?


 まずい、非常にまずい。


 このままだと今の記憶と、夢で見た婚約破棄のときのように私にしっぺ返しが返ってくる。――それは嫌! いますぐ軌道修正しないと。そう思っても、何から始めればいいのか分からない。


 頭を抱え悩む私の部屋の扉が"コンコンコン"となる。マリーナの記憶――いま訪れたのは専属メイド、パレット。彼女が朝の支度に来たようだ。


「マリーナお嬢様、おはようございます」

「おはよう、パレット」


 彼女は感情のない笑顔を貼り付けたまま、ぬるま湯が入ったボールと、タオルを載せたカートを引いて部屋に入って来た。私はそれで顔を洗い、姿見の前でドレスに着替えた。


「マリーナお嬢様、髪型はどうされますか?」

「髪型? ポーニーテイルにしてください」


「は、はい、かしこまりました」


 パレットが私に触れる前に息を呑み、緊張したのがわかった。それは、私は髪型が少しでも気に入らないと、抵抗が出来ない彼女の髪を引っ張り、物を投げて暴れていた。それは他のメイドも一緒だ……マリーナが辞めさせたメイドもたくさんいる。


 パレットが辞めない理由は、彼女の母親が病気だからだ。それをマリーナは知っていていじめていたのかも。


 それも、今日でやめなくちゃ。


「ありがとう、パレット」

「……っ!」


 彼女は心底おどろいた表情を浮かべた。


 ――ああ、マリーナを怖がっているわ。


 簡単に、マリーナの乱暴者のレッテルは無くならないだろう。


 それは仕方がない。


 マリーナが7歳の頃にも。招待を受けたお茶会で、文句を言われ令嬢と取っ組み合いの喧嘩し。また別の誕生会に呼ばれては「あなたなんて呼びたくなかったけど、宰相の娘だからね」と言われて、キレて主役を張っ倒した。


 それが原因でお茶会、誕生会、舞踏会、晩餐会の招待状は私の元に来なくなった。マリーナの9歳の誕生会だって開かれていない。


 マリーナの両親。緑の髪色、父ジェスター・カッツェと、赤い髪が印象的な母カカナ・カッツェは宰相、魔法省のトップで忙しく、メイドに任せてばかりでマリーナを見ていない。


 いまからでも、両親と仲良くできる? 

 前世で両親と仲良くしたことがない私が、どうすればいいかなんて分からない。


 まあ、やってみて無理だったら。婚約破棄後1人になっても生きていけるように、いろんな知識を身につけよう。この乙女ゲームの世界には魔法だってある、何処かの国で冒険者になればいい。

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