第35話 ウィッチ・パーティの秘められた過去
「昔、ウィッチ・パーティにいたんだ」
みんなが帰って、道場で二人きりになってから、ジュン先生――もとい、ジュンさんは、そう告白してきた。私がパーティの一員と知ったジュンさんは、「二人のときは『先生』をつけんなよ」と命じてきた。その意図はよくわからなかったし、なれなれしく呼ぶのは抵抗があったけど、がんばって従うことにした。
それにしても、まさか昔パーティにいた人が、偶然にも、私の先生になるなんて思ってもいなかった。
「まさか、オレの穴埋めで入った、新入りがうちの道場に来るなんてな」
「ジュンさんは、どうしてパーティをやめたんですか?」
「不満があったわけじゃないさ。ただ、やりたいことがあった。そのためにはウィッチとしての仕事を続けていくのは難しかった。だから脱退したんだ」
「やりたいことって……この道場を守ること?」
「頼まれたんだよ」
来な、とジュンさんは手招きした。
部屋に通された。十畳ほどの部屋だ。畳まれた布団が端に置いてある。本棚に入っている本は、全部、武術や格闘技に関するものだ。机の上にも、拳法関係の資料が置かれている。他にはオーディオコンポとテレビ、ノートパソコンがあるくらいで、全体的にはさっぱりとしている。
机に飾ってある写真立てを手に取り、そこに写っている男性を、ジュンさんは指差した。
「ここの前の道場長。
「へえ……イケメンですね」
中性的な顔立ちながら、表情には男らしさが漂っており、意思の強さも感じさせる。一見、細身だが、よく見れば筋肉質な体をしている。
写真だけでも、相当な拳法の使い手であると感じ取れる。
彼の両脇には、千秋さんとジュンさんがピッタリとくっついて立っている。遊園地で撮った写真のようだ。満面に笑みを浮かべて、蒼井さんの腕に抱きついているジュンさんに対し、千秋さんは強張った表情で恥ずかしげに寄り添っている。
この一枚だけで、三人の関係性が、なんとなくわかったような気がした。
「お前、オレの後輩なんだよな。最初にうちの道場に来て、向卯山高校の拳法部って話を聞いたときは、ビックリしたよ」
「ジュンさんや、この蒼井さんも、千秋さんと同じ……?」
「そ。当時の拳法部メンバー。オレが部長で、初真は副部長。千夏は特に役職とかなくって、しかも、むちゃくちゃ弱かったな」
「ウソ!? あの千秋さんが!?」
「卒業後からかな、メキメキ腕を上げてったのは。まあ、そりゃそうだと思うよ。同棲してたカレシが天才的に強かったんだからな。毎日教わってたんじゃないか」
「その同棲してたカレシって……この、蒼井さん?」
「ああ。こいつの親父がまた、伝説残すほど強い拳士だったんだけど、いまはこの世にいない。その血を受け継いでるからか、初真もとんでもなく強かった。それでも、オレとの乱取り戦績はイーブンなんだけどな」
「この写真見る限りだと、ジュンさんのカレシかと思いました」
恥じらっている態度の千秋さんは、あまりカノジョらしく見えない。
「そのときはまだ付き合ってないんだよ。高校卒業後、千夏のほうから告白して、交際するようになった。まあ、初真がここに道場を作ってから、一年ほどで別れたけどな」
「まさか、ジュンさんが……」
「ちげーよ。オレは卒業してからしばらく初真と会ってなかったから、別れた原因は全然違うんだろ」
「でも、前の道場長はこの蒼井さんで、いまはジュンさんが継いでいるんですよね。二人は、その――」
「オレはただ、こいつに、道場を守るようにお願いされただけだ。それだけ」
最後のひと言は、どこか寂しげな響きがあった。
「ウィッチ・ガーデンと、パーティは、オレみたいに殴る蹴るしか能のないやつのための生き場所だった。最初に千夏が入って、それからオレが入った。で、
そのころすでに、蒼井さんは破門されていたそうだ。理由は、門下生から集めた月謝を生活費に充てていたから、とのことだ。それでも道場を運営し続けていた。
依頼は、指導者が自分しかいないから、ウィッチ・パーティの誰かが教えに来てほしい、というものだった。
マキナさんは断ったらしい。いつまで、という期限のない依頼を簡単に受けるわけにはいかない。他を当たってくれ、と言ったそうだ。
だけど、ジュンさんは引き受けた。みんなに無断で。
それは事実上、パーティからの脱退を意味していた。
「ルールだからな。それぞれが勝手に依頼を受けたら収拾つかなくなる。一度マキナさんが断った案件を勝手に受けた時点で、オレの脱退は決まった」
「いつごろだったんですか、それは」
「去年だよ。ちょうど、去年の秋ごろ。それから半年くらいして、初真はいなくなった。あいつ、オレにここを守ってくれとか言って、どこかへ行っちまったんだ」
「どこか、って……行き先はわからないんですか?」
「全然。教えてくれなかったし、ケータイに電話かけてもずっと電源が落ちてる」
薄情な人だと思った。
もう一度写真を見る。蒼井さんは、しっかりしていて、優しそうに見えるけど、そう感じるだけだろうか。安西先輩みたいに外面だけよくて、中身は意外とひどい人なのか。
明らかに、ジュンさんは、蒼井さんに恋をしている。千秋さんが付き合っていたときでも、その想いは変わらなかったのだろう。それを知っていようと、知らなかろうと、蒼井さんは、ジュンさんの気持ちを利用したことになる。
「もう守る必要もないんじゃないですか? だって、いままで連絡ないんですよね」
「一度ここの先生になった以上、見捨てるわけにもいかないからな」
ジュンさんは苦笑した。
「別に、ここじゃなくてもいいじゃないですか。他のところに場所を借りて、ちゃんと規則にもとづいて道場やれば、教えることは同じなんですから」
「それだとダメなんだよ。本山の圧力に屈したらダメなんだ。初真が作ったこの道場は、竜虎道のための希望の場所なんだ」
「希望の場所……?」
「拳法の技術に優れている人間が、その能力を生かして、稼ぎを得ることができないなんて、おかしいだろ。他の武道だと当たり前のことが、どうしてオレたち竜虎道ではできない。みんな仕事をしながら、道場運営で時間と体力を削っている。へたすると仕事以上の負担だ。それなのに一銭も入らない。ボランティアだ。おかげで、プロ意識がない道場長が増えてきている。かつて日本最強と言われた竜虎道も、どんどん弱体化していっている。このままだと、誰もが不幸になる」
「だから、独立した道場を運営している、と?」
「独立でも、別派でもねえさ。最初から初真もオレも、竜虎道の教えに背くことをしているつもりはない。教義のどこに、『拳法の技を使って金を稼ぐな』って書いてある? あの篠原とかいう女は屁理屈をこねてたけど、正式に本山が掲げている教えの中に、ひと言も『金を稼ぐな』なんて書いてないだろ」
興奮気味に一気にまくし立てた後、我に返ったか、ジュンさんはため息をついた。
「とはいえ、せっかくうちの道場に来てくれたんだ。ナナに本当のことを話して、帰られてしまうのが、怖かった。だから今日まで言えなかった」
「まいったな……どうしよ」
大変なところに来てしまった。
話を聞いているうちに、心情としては、ジュンさんに気持ちは傾いてきた。単純に金儲けのためにやっていることではない、とわかったからだ。彼女は真摯に竜虎道拳法の未来を考えて、このような行動に出ている。
けど、私はウィッチ・パーティ側の人間だ。千秋さんの邪魔をするわけにはいかない。
板挟みだ。
「千秋さんに勝てる自信はありますか?」
「ある。でも、油断はできない。もしも拳法の天才ってやつがあるなら、あいつのことをさすからな。教わった技はその日のうちに吸収できる、とんでもないセンスを持ってる。おまけにあいつ、意外とパワーファイターだしな」
「パワーファイター!? そんな風には見えないんですけど」
「細身に見えて、体幹はすごい。目に見えないところの筋肉量は半端ないぞ」
よく考えれば、千秋さんと本気で組手をしたことはない。もし取っ組み合いになったら、その力の強さを実感できるのだろうか。いまの話を聞いた後だと、あの人に蹴られたり殴られたりするのが恐ろしいことに思えてきた。
「で、ナナ。頼みがあるんだ。オレの練習相手になってくれないか」
「私!? ですか!?」
「みんなの中では、一番お前が強い。系統も千秋と同じパワータイプだ。スパーリングをやるのに適任なんだ」
断ろうかと思った。私では、千秋さんに勝てるというジュンさんの相手なんて、務まらない。
だけど、それは「逃げ」だ。強くなりたいんだったら、自分から、高いハードルにも挑戦していかないといけない。いまは越えられない壁だとしても、その壁の高さを早いうちに知っておくことは、必ずプラスになる。
「わかりました。私でよかったら、やらせてもらいます」
「サンキュ。これから一週間、頼むな」
ポン、と肩を叩かれた。
千秋さんたちに知られたら怒られるな、と思った。
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