第32話 ジュン先生は強すぎる

 ラスト一時間は、大人の練習時間だ。


 そうなると、たちまち雰囲気が変わる。


「本気でぶん殴りたいやつは、いつでもかかってこい」


 最初の二時間は丁寧に技を教えているジュン先生も、このときばかりは凶暴になる。


 仕事のストレスが溜まっているのか、ふだんはサラリーマンだという大柄な中年男性が、


「おうッ」


 と声を上げて、ジュン先生に立ち向かっていった。


 一秒も、もたなかった。攻撃を仕掛けた直後、轟音とともに、壁まで吹っ飛ばされた。受身を取り損ねて、背中を壁板に強打し、グエッと悲鳴を上げる。


「おら次!」


 この時間に残っている人たちで、恐れをなす拳士はいない。一人、また一人と、勇敢に飛びかかっていく。だけど、みんなあっさり倒されて、床に這いつくばった。


 すでに立っているのは私だけになっていた。


 ジュン先生は息切れしていない。


(あれだけ暴れてピンピンしてるなんて……!)


 尋常ではないスタミナだ。おまけに動きは千秋さんを超えているかもしれない。こんな化け物に勝てるのだろうかと思いつつ、私は、自分なりに攻め方を考えながら、間合いを詰めた。


 動きそのものを捉えることはできない。だけど、動き始めの瞬間はわかるかもしれない。そこで先の先を取り、先生の攻撃を封じて、カウンターを当てたら、どうだろう。


(伊達にウィッチ・パーティの人たちと一緒にいたんじゃないんだから!)


 背の高いジュン先生はリーチが長い。私にとっては攻撃間合でなくても、向こうはすでに私を射程圏内に捉えている。


 来る。


 前に出ている手が小さく揺れた。まずは牽制の順突き。それから本命の逆突きで勝負をつけるつもりなのだろう。


 ジュン先生の動きを読んだ私は、まっすぐ前進すると見せかけて、タイミングを見て、横へと体をさばいた。


 直後、切れ味鋭い拳打が、私の顔の真横を貫いた。さっきまで私の頭があったところだ。風圧が頬を震わせる。凄まじい威力にギョッとしたけど、狙い通り、かわせた。


 あとは、がら空きの胴体へ拳を当てるだけだった。


 でも、それは読み違いだった。攻撃手段は何も、拳だけじゃない。


 先生の蹴りが飛んできた。お腹に足刀が叩きこまれ、あっけなく弾き飛ばされる。床を転がった私は、蹴られたところは痛かったけれど、それでもまだ戦ってやろうと立ち上がった。


 そこでジュン先生は、パンパンと手を叩いた。


「よし、ここまで。一ラウンド終わり」


 そう言って、道場の隅っこから救急箱を持ってくると、タオルで汗を拭きながら、爽やかに白い歯を見せて笑った。


「治療タイムだ! みんな並べ!」


 全員、絶妙に、軽い怪我で済んでいる。病院送りになるような人は一人もいない。それはみんなの力量が一般人を超えているからなのか、それとも一回一回の勝負で、ジュン先生が相手に合わせて調整しているからなのか。


 その後、先生対全員の乱取りは、間に技の練習や休憩を挟みながら、もう二回行われた。この道場における、いつもの練習メニューだ。


 青アザ、打ち身、擦り傷。男女関係なく、細かな怪我は絶えない。それでもみんな、帰るころには、目を輝かせていた。


(あの道場はすごい)


 夜九時、練習が終わり、暗い山道を自転車で下りながら、私はいまだ興奮していた。


(最初から拳法部だけじゃなくって、あそこに通ってればよかった。そうしたら、大会でもいい成績残せたかもしれないのに)


 と思いつつも、ずっと教えてくれていたコーチの先生への恩義もあるので、あまりそんなことは考えないようにしようと努めた。けど、理論ばかりで、本当に自分が技を使えるのか怪しいコーチと比べて、ジュン先生は自ら体を張って教えてくれる。


 本当に強いというのはこういうことだ。


 本物の技っていうのはこういうものだ。


 一切ごまかしのきかない教え方。完璧な技量がなければできないこと。それを、堂々とジュン先生はやってのけている。


 ほんとに、すごい道場に通うことになった、と思った。

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