第27話 リベンジ、スタート!

 次の日、近江町市場にあるカフェに私たちは集合した。


 マキナさんも含めて、パーティの全メンバーが揃っている。


 それぞれコーヒーやカフェオレを飲みながら、しばらくほとんど喋らないで、時を過ごした。


 何も喋る気が起きなかった。暗く重い空気感もあったけれど、あと一人、「依頼者」がまだ来ていないこともある。


 約束の時間になり、その「依頼者」はやって来た。


 あやめさんだ。


 昼間はふつうの会社勤めのようで、スーツ姿でいる。


 私は高校生だから夏休みだけど、世間の会社員はふつうに出勤日だ。昼間にこうして会ってみると、眼鏡をかけていることもあって、真面目なOLにしか見えない。


「翼は、どうなるの」


 注文したコーヒーが来てから、あやめさんは質問してきた。


 それに対して、基本的に受け答えは、マキナさんがすることとなった。


「警察もバカじゃない。佐々間玉雄が襲ったという直接的な証拠はなくても、ナイフの購入経路、刺し傷の位置、その他諸々の細かな証拠をひとつずつ洗っていけば、玉雄が先に襲ったということはわかる。魅羅という証人もいる。そこは間違えないはずだ」

「でも、人を刺したということに、変わりはない」

「最終的にどんな罰が下るかは、私にはなんとも言えない。魅羅がすでに相手を無力化していたのに、そこへナイフで刺したのは、過剰防衛と取られるだろう。しかも逃げてしまったのだから、翼の立場は悪い」

「解決するまで、私が見守っていればよかった。佐々間玉雄はいかれた男だった。簡単に翼のことを諦めるようなやつじゃないって、わかっていたのに」

「ほんとほんと。そうしてくれたら、私たちの店にも迷惑がかからなかったのに」


 横から茶々を入れてきたエリカさんの肩を、千秋さんは険しい顔でピシリと叩いた。


「自分を責めるのなら、そのことではなく、翼をクラブDAOに匿うという余計な行為に及んだことを責めるんだな。さっさと警察に出頭させるべきだった。夏海や魅羅がいなければ、あの殺し屋に、翼は斬り殺されていたかもしれないんだぞ」

「わかっている。うちのクラブのことを、警察に黙っててくれたことも、借りのひとつだと思っている。何も言い返せない。でも、あんまりだと思わない?」


 あやめさんの問いかけに、私たちは答えなかった。みんな、同じように「あんまりだ」と感じているからだ。


 翼さんは何も悪いことはしていなかった。勝手に入れこんで、勝手に暴走したのは、佐々間玉雄のほう。それなのに、佐々間サイドは、あろうことか殺し屋まで送りこんできた。どう考えても狂ってる。


 このままでいいはずがない。


「依頼したいことは、なんだ?」


 マキナさんが本題に切りこんだ。そう、あやめさんは、私たちに依頼があってやって来た。どこで情報を手に入れたのか、彼女はウィッチ・パーティのことを知っていた。そして、翼さんのためにその力を貸してほしい、とのことだった。


「佐々間鼎造に、引導を渡してほしい」

「父親のほうを? たしかに介入はしてきたかもしれないが、翼と直接関係があるのは玉雄のほうだ。なぜ、父親を狙わないといけない」

「それが、翼を救う道になるから」

「相手は議員だ。我々だって簡単には動けない。よく考えを聞かせてもらおうか」


 残ったカプチーノをクイッと飲み干してから、マキナさんは話を聞く態勢に入った。


「たとえば、佐々間玉雄をこらしめたとする。それでやつは参ってしまい、二度と翼に手を出さなくなるかもしれない。だけど、父親のほうは終わらない」

「なぜそう思う? 鼎造は議員じゃないか。息子の不祥事をごまかすためだけに、何度も危ない橋を渡るものか? 最終的には玉雄のことを切り捨てるものだと思うが」

「もしも、その程度では済まなくなっているとしたら?」

「ほう。どういうことだ」

「私は、玉雄の性格を知っている。見栄っ張りで、残忍で、どこか心に闇も抱えている。あいつは翼を直接殺そうとしたけど、失敗した。自分の手で殺せないとなれば、どんな手段を使ってでも命を奪ってやるとムキになっている可能性は高い。そんな玉雄が頼るとしたら、いつもその威光をちらつかせていた、父親しかない」

「それで? 『女に袖にされた』程度のことで、鼎造がリスクを背負うと思うか?」

「たとえば『翼に、親父の秘密を話してしまった』とウソの告白をしたとしたら、どう?」


 あ――とみんなが合点の行った表情になった。誰もが刺客の襲撃については、不可解なものを感じてた。その裏にあるひとつの回答を、あやめさんは示してくれた。


「佐々間鼎造は、黒い噂が絶えない。後援会の会長は元暴力団関係者、という噂もある。そんな一発で政治生命が絶たれるような情報を、翼が握ってる、写真等の物的証拠も持ってる――そう、玉雄に信じこまされたなら、もう翼を放置できないわ」

「なるほど。もはや中心になっている人物が変わってしまっている、ということか。たしかに、玉雄ごときをどうにかして解決する話ではないな」


 翼さんを守るためには、父親である鼎造の動きも封じないといけない。だけど相手は政治家だ。いままでにない大物と戦わないといけない。大変なことになってきた。


「報酬は?」

「店長とかけ合ってきた。クラブDAO金沢店と、ウィッチ・ガーデンで、業務提携をしましょう。その上で、うちの売上の一部を経営指導料として、そちらに支払う。契約期間はひとまず一年間。いかがかしら」

「悪い話ではないな。いいだろう。その依頼、受けた」


 マキナさんの行動は早かった。すぐに席を立ち、魅羅さんと私に、声をかけてきた。


「出発だ。まずは準備をする。魅羅は昨日の打ち合わせどおりに。夏海は私と一緒に来るんだ。ここまで関わったのだから、結末を見たいだろう?」

「は、はい!」


 まさかいまから動くとは思ってもいなかった。でも、魅羅さんに何日も待たされたりしていたことを思い返すと、こんなに早く動いてくれるのはありがたい。


「大丈夫ですか? なっちゃんを連れてって」


 千秋さんが、心配そうにマキナさんに尋ねた。


「平気だ。私と夏海は、現場で一部始終を見届けるだけ。実際に動くのは、魅羅だ」


 名前が出た瞬間、魅羅さんが妖しくほほ笑んだ。


 これから何が起きるのだろう? 一切が不明のまま、私はマキナさんとともにカフェを出た。どこへ向かうのかもわからなかった。

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