第13話 ウィッチ・ガーデンに入店した日のこと

 あの日、ウィッチ・パーティに入れてもらおうと、特にプランもなく店を訪れたときのことだった。


 お店の人たちの間で、ちょっとした混乱が起こっていた。


 発端となったのは、私の仲間入りを受け入れるかどうか、ということだ。ウィッチ・パーティの決まり事として、パーティだけに加入するという選択肢はなくて、必ずキャバクラであるウィッチ・ガーデンのほうにも勤めないといけない。ちゃんと理由があって、フリーの状態だと監視の目が行き届かなくなり、個人で勝手に裏の仕事を引き受けてしまう危険性があるから、とのことだった。その点は、定期的にお店に通ってさえいれば、常に様子を見られるから、問題はなくなる。


 で、私がパーティに入るのであれば、当然ガーデンに入店することになる。それについて、千秋さんは歓迎していたけど、他の人たちは反対してた。


 特に顕著だったのが、エリカさんだった。


「絶対ダメよ。現役JKを働かせたことがバレたら、この店も終わりよ。それに、私、こういう感じの子は嫌いなの」


 まだ大して会話もしていなかったのに、なぜか私は毛嫌いされていた。どうも第一印象で性格を決めつけるタイプの人のようだ。


 初めてウィッチ・ガーデンに来たときに入り口で会った、温和な感じのキャストの魅羅さんも、パーティの一員だ。そして、彼女も、私が入店することには反対だった。


「毎日優しいお客さんばかりとは限らんもんね……いままで、接客業のアルバイトもしたことないんやろ? それでいきなりキャバクラは、しんどいと思うよ」


「大丈夫。私が面倒見るから」


 千秋さんの言葉に対して、魅羅さんは首を横に振った。


「ちーちゃん、ヒマないやん。ひっきりなしに指名入るし、指導するのはキツいやろ」


「平気。一緒にテーブル回って、秋山さんにはお客さんと話す練習だけ――」


 そのとき、千秋さんの言葉を遮るように、スタッフルームの扉が開けられた。


「うちにそんな余裕はない」


 強い口調で言い放ち、紫色のナイトドレスを着た長身の女性が、ハイヒールを鳴らして、部屋の真ん中まで進み出てきた。


「千秋、六番テーブル。魅羅、八番テーブル。グズグズしない。お客さんが待ってる」


 有無を言わせぬ指揮を前にして、千秋さんも魅羅さんも、それ以上の会話をやめて、スタッフルームから出ていった。


 残されたのは、私とエリカさんだけ。


「オーナーのマキナだ」


 男のような口調で、紫色のドレスの女性は自分の名を名乗った。


「いつもはフロアに出ることはない。だけど今日は二〇分だけという約束で、手伝いに回った。それでも追いつかない。客は千秋を待っている。一番人気ゆえだ」


 マキナさんは、私がこの店で出会ったどのキャストと比べても、群を抜いて麗しい。背が高くてスレンダーな体型に、彫刻のような造形美すら漂う日本人離れした容貌。どこか芝居がかった喋り方。もしかしたら、ここで働く前は女優さんだったのかもしれない。


「一応履歴書を持ってきたのは感心するが……」


 ガラステーブルの上に置かれている、私の履歴書を手に取り、マキナさんは隅から隅まで目を通している。


 やがて、ふむ、と鼻を鳴らし、私の顔をジロリと睨みつけてきた。


「お前はここがどういう店かわかっているのか?」


「キャバクラ……ですよね」


「違う。業態のことではない。客の横について酒を作りながら、話し相手となるという仕事が、どういうものか、理解できているのかを聞いている」


 言葉に詰まった。一度も経験したことのない世界。そのことについて聞かれても、私には答えようがなかった。


「自分の身は自分で守れるのか?」


 それは、学校や両親にバレたら大変なことになる、そのときの対処もよく考えているのか、ということだと思った。


 自分の身、どころじゃない。もしも学校に知られたら、拳法部は半年間の活動停止からさらに悪い罰を受けるかもしれない。廃部の可能性だってありうる。私はまず退学になるだろう。そうすると親にも迷惑をかける。


 だけど、チャンスを逃したくなかった。


「高校を卒業してから入店すればいいじゃない。なんで在学中にわざわざ入ろうとするわけ? 半年待てばいい話でしょ」


 エリカさんの言葉に、私はかぶりを振った。


「それだと遅いんです」


 半年後に千秋さんがいる保証はない。ウィッチ・ガーデンだって閉店しているかもしれない。かろうじてわかっているLINEの連絡先だって、千秋さんが何かの事情で使わなくなってしまったら、終わりだ。


「一日でも早く、千秋さんに、戦い方を教わりたいんです」


「戦い方……」


 マキナさんは眉をひそめた。


「お前は、本当に、ウィッチ・パーティに入りたいのか? 冗談ではなく?」


「本気です」


「一度入れば、人生の他の道は閉ざされるかもしれない。お前にその覚悟はあるのか?」


 そう問われると、迷う面もあった。だけど私は、もう、千秋さんのあの姿を忘れられそうにない。屈強な男たちを薙ぎ倒した、あの鮮烈な光景。


 私も、千秋さんのようになりたい。


「覚悟はあります」


「口だけでは何とでも言える」


 わずかな迷いを見透かされたか、マキナさんは冷たく言い放つと、エリカさんのほうを見た。


「しばらくの間、ここでの仕事を体験させる。エリカ、頼んだ」


「へ!?」


「一ヶ月も働けば、理想と現実の違いに気が付くだろう」


「いや、そういうことじゃなくて、私が面倒見るの!?」


「どうせお前は売上はそんなに大したことないだろ。最近は、新人にも抜かれがちだ。時間があるんだから、後輩の指導くらいしたらどうだ?」


 売上、と言われて、エリカさんはグッと唸ったきり黙ってしまった。


「わ、私だって、本気を出せば」


「なら、すぐにでもその『本気』を出してもらおう。千秋一人に任せきりでどうする。パーティの仕事だけが本分ではない。あくまでも主体はガーデンにあることを忘れるな」


「……了解」


 最後は渋々といった形で、エリカさんは指示に従った。


「さて、条件の話をしようか。最初の時給は四千円からだ」


 マキナさんの言葉に、一瞬、私は耳を疑った。


 時間あたり、四千円……!?


 ふつうの高校生のアルバイトだと、一時間で八百円とか、そんなものだ。なのに、ここでは、その五倍の稼ぎが得られるっていうの!?


「うちの店は夕方六時半から夜一一時半までの五時間勤務。シフトは前月中に決める」


「えっと、週三日働いたとして、五時間勤務の三日だから、一ヶ月で二四万円……!?」


 やばい。有名だけど高くて手が出せないケーキ屋さんとか、口の中で溶けるホルモンが評判の焼肉屋さんとか、ミシュランに載ったことのあるイタリアンとか、グルメなところに行き放題の、食べ放題だ。


 ひとり昂ぶってると、エリカさんに頭をはたかれた。


「いまさら、そんなことで興奮すんなっつーの。ほら、行くよ!」


 エリカさんに促されてスタッフルームを出ると、すぐ隣の更衣室に入らされた。


 レンタルのドレスが何十着と並んでいる。ふだんの生活で着ることのないような、高くてきらびやかな衣装が好きなように着られるという事態に、私はさらに興奮した。


「ど、どれにしよう」


 色選びに悩んでいると、いきなりエリカさんは白いドレスを手に取り、私に乱暴に押しつけてきた。


「あんたはど素人だから、白。白帯の白。それを着なさい」


「え、でも」


 せっかくだから他の色も試してみたい。


「口答えする気? 面倒見るのは私なんだから、逆らわせないわよ」


 怖い目で睨まれて、仕方なく、エリカさんのチョイスに従った。


 幸いなことに、着てみると、我ながらなかなか似合ってる。


「先に宣言しておくわ」


 化粧も施してもらって、更衣室を出るときに、ドアに手をかけたエリカさんは振り返って、強い口調で言い放ってきた。


「足手まといは嫌いなの。ガーデンの仕事は教えてあげる。だけど、パーティに依頼が来たときには、絶対に連れていかない。わかった?」


 そう言われても、返事はしづらい。千秋さんの戦う姿に憧れて、ここの扉を叩いたのだから、「はいわかりました」なんて簡単には答えられない。


 エリカさんは私の返事を待つことなく、さっさとフロアのほうへと歩いていった。


 私の、エリカさんへの印象は、「苦手な人」から「嫌いな人」へとシフトチェンジした。

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