お金で愛は買えない ~ 華やかな世界にあこがれた貧乏令嬢は聖女だった ~

甘い秋空

一話完結 恋人役を演じることを条件にして、アップルが、俺にお金を渡したことがバレた



「アップル嬢の入場は、禁止されております」


 目の前の扉の中で、王宮の華やかなパーティーが行われているのに、私は、会場入口の扉の前で、護衛兵から入場を断られました。



「私が、悪役令嬢だとの噂があるためですね」


 護衛兵が、申し訳なさそうに、頷きました。


 貴族の噂話の力が、ここまでだとは、私の予想を大きく上回っています。



「恋人役を演じることを条件にして、アップルが、俺にお金を渡したことがバレた」


 背後から男性の声! 私は、一つに結んだ銀髪を揺らし、振り向きます。


 立っていたのは、黒髪のイケメン、同級生で隣国からの留学生クロガネ君でした。


 私は、王立学園の高等部三年生のアップルです。友好国から、この王国の教会へ研修に来ており、学びながら、教会で働いています。



「遠くから眺めるだけの華やかな世界に、少しあこがれただけだったのに」


 私は、一週間前のことを悔やみます。




 ━━━━━━━━




「困ったな、高価な品物を買うのに、サインではなく、コインが必要なのか」


 街へ買い物に出かけたとき、留学生のクロガネ君が、品物を買えなくて困っているのを見かけました。


 付き合っている侯爵令嬢へのプレゼントのようです。



 私は、宝石の付いた十字架を買うため、教会でバイトにいそしみ、やっと貯めたお金を持っています。


 私は、クロガネ君のことが好きですが、彼には付き合っている侯爵家令嬢がいます。


 美男と美女のカップル、うらやましくて、貧乏な私の入るスキなどありません。



 でも、私だって、銀髪をきちんと整えれば美人だと、祖国の一部では言われていました。


 美人と言われるためには、お金と、時間が必要なのです。



 でも、遠くから眺めるだけだったクロガネ君が、今、目の前で困っています。


 今、私はお金を持っています。


 学生なのに、お金を渡して良いのでしょうか?


 でも、話しかけるチャンスです。


 このまま無視することも出来ます。



 散々迷った末、条件を付けて、お金を渡しました。


 その条件は、一週間だけ私の恋人役を演じることでした。



    ◇



 クロガネ君のエスコートで、パーティーに参加しました。


 私は注目を浴び、違う世界の住人になった気がして、舞い上がりました。


 私へのダンスの申し込みが絶えませんでした。


 いつの間にか令息に囲まれていて、私は、違う世界でお姫様になったのです。


 王女や、聖女とは違うお姫様、それはアイドルと言える存在でした。



    ◇



 ある日、教会に、クロガネ君と付き合っている侯爵令嬢が慰問に来ました。横に伯爵令息を従わせています。

 貧しい人たちの前に立って、女神様に祈りを捧げました。


「ほら、拾いなさい」


 なんと、袋から金貨を取り出し、貧しい人たちへバラまきました。


 貧しい人たちが争って、バラまかれたコインに手をのばします。教会の中は、大騒ぎになりました。


「オーホホ、見なさい、人がゴミのようです」


 侯爵令嬢たちは、貧しい人たちを見て、笑っています。



 吐き気がしました。



    ◇



 クロガネ君とのパーティーは楽しかったのですが、約束の一週間はあっという間に終わりを告げます。


 クロガネ君は、名残惜しそうな顔をしています。私も、もう少し楽しみたいと思いました。


 でも……


「約束だ」

「そうですね」


 約束どおり、次のパーティーで別れることにしました。



    ◇



 私は、彼と別れるパーティーの前に、一人でパーティーに参加しました。二人の時よりも、ダンスの申し込みが絶えません。



 しかし……



「アップル、僕は、貴女とクロガネの会話を聞いてしまったのですよ」


 あの侯爵令嬢の取り巻きである伯爵令息とのダンスの時です。


「僕は、異国の魔導書を手に入れた。そこには、夜空に花を咲かせる未知の魔法が書いてあったのです」


「この魔法を、侯爵令嬢に見せれば、きっと僕の婚約者になることでしょう」


 伯爵令息は自分に酔っています。



「侯爵令嬢は、クロガネ君と婚約すると思います」


「クロガネとは、ただの遊びだ。隣国の爵位も分からない留学生に、侯爵令嬢が本気になるわけないだろ」



「でも、プレゼントを」


「あんな安物、すぐに捨てたさ」


 捨てた! 少額でしたが、私が働いて貯めた、一か月分の食事代と同じくらいの金額です。



「私に、どうしろと」


「未知の魔法の研究にお金を援助するか、僕の愛人になるか」


「どちらも嫌です」


 彼の顔が、真っ赤に染まっていきます。


「……僕に逆らったら、どうなるか、思い知らせてやる!」



    ◇



 私が、悪役令嬢だとの噂が、あっという間に、パーティー会場内に広がりました。



 私は、令嬢たちに嫌われていました。


「人の婚約者とダンスを踊るなんて非常識!」


 近づいてきた令息に、婚約者がいたなんて、知らなかったです。



 ドレスも、流行遅れだと笑われていました。


「毎回、同じドレスなんて貧乏くさい! アクセサリーも着けていないのよ」


 祖国を旅立つとき、ドレスは一着、普段着は2着しか持ってこれませんでした。



 いたたまれなくなって、パーティー会場を後にしました。




 ━━━━━━━━




 クロガネ君と一緒に参加する、別れる、最後の、パーティーの会場前です。


 私のドレスは前回と同じで、アクセサリーもありません。彼との約束がなかったら、きっと参加していなかったでしょう。



「クロガネ様の入場も、アップル嬢と同様に、禁止されております」


 彼も、護衛兵から入場を断られました。




「今夜のメインは、ダンスではなく、伯爵令息による新しい魔法のお披露目だったはず、それでも入れないのか?」


「はい、なおさら、ダメです」


 護衛兵の返事は、その伯爵令息が、私たちを入れないように命令したと、そういう意味です。



 私たちが、入場をあきらめて扉を離れ、歩き出した時です。


「ドン!」


 ものすごい音がして、扉が開き、パーティー会場の中から、火の玉がたくさん飛び出してきました。


 驚いて、会場の中を覗きます。たくさんの人が、貴族や使用人が、倒れています。少し、火も見えます。


「クロガネ君、火を消して!」

「私は、治癒魔法を使うから!」


 ケガ人を魔法で治癒します。重傷者を優先して、自力で歩ける程度に治癒します。


 会場の中央部には、もう手遅れな数体、顔の半分しか見えませんが、伯爵令息と侯爵令嬢だと分かります。



 治癒魔法は、貴族と使用人を分け隔てしません。助けられる命を助ける、それだけです。


 そこに世界の違いなど、存在しません。



 魔力が尽きるまで、治癒を続けました。いつの間にか、私は意識を失ったようです。



    ◇



 この事故で、私は聖女だと賞賛されました。


 でも、私は元の地味な世界に戻っています。



 今は、教会でバイトにいそしみ、人々の笑顔を見るのが、楽しいです。



    ◇



「もうすぐ卒業か、私の研修も終わりですね」


 久しぶりに、王宮に行きました。聖女と呼ばれるようになった今では、自由に王宮へ入れます。



 パーティー会場の中に入ってみました。


 室内は復旧していましたが、気持ちが悪いとの話があり、今は使われていないそうです。



「アップル」


 背後から男性の声! 私は、一つに結んだ銀髪を揺らし、振り向きます。


 立っていたのは、黒髪のイケメン、私の恋人役を演じてくれたクロガネ君でした。



「隣国の王太子、クロガネ様」

 カーテシーをとり、挨拶します。


 彼の身分は、隣国の若き王太子でした。



「貴女の恋人となった、あの一週間は、留学の最高の思い出です」


「私もです」


 お互いの目を見て、微笑みます。



「俺は、貴女に指輪を贈ろうと思っているのだが、コインが無いんだ」


「また、恋人になりたい……」


 彼の目は、本気だと言っています。


「期間は?」

 いたずらっぽく、彼に尋ねます。



「今度は永久だ。俺は、貴女の持つ純粋な心に惹かれた。どうか俺だけのアイドルに……いや」



「どうか、俺の妻になって下さい」




 ━━ FIN ━━




【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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お金で愛は買えない ~ 華やかな世界にあこがれた貧乏令嬢は聖女だった ~ 甘い秋空 @Amai-Akisora

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