24話トリニタイトを探せ

 鉱物マニアのオークションサイトをそらまめが見つけた。トリニタイトで検索するだけで、三十個も並んでいる。赤いトリニタイトをすべて取り寄せることにした。おそらくボルクが必要としている鏡になりそうな物は見当たらない。


「ねえボルク、シリウスたちが文明を破壊したって核攻撃で破壊したの?」

しっかり者のライラが、今朝は珍しく曇った表情だ。


「いや、核の作り方を教えたんだ。文明が進むと、戦争も大きくなる。石と棍棒で戦っていたのに、二万年余りで、核を使うまで進んでしまう。いつだってそうなんだ」


「ボルク、まるで見てきたように言うんだね。シリウスたちは火星から地球を監視してるしね」

「地球にはすでに百人単位で入り込んでいるだろ」

「飛田組にもいるかもしれないしね。ジャムみたいな奴がさ」

「へんじょの鏡があれば、幽体でも見えるんだ。万が一見つからなくても、現在の光学技術で作れそうだよ」


 ボルクがそらまめの前に座った。

「つまりさあ、複雑な光の屈折なんだ。万華鏡ってあるでしょ、その中に一点だけ焦点を絞った幽体を映し出すんだ」

「そらまめ、もう作れたみたいな言い方だ」

「作れたらいいけどね、ボルクどう思う?」

「僕もだいたいイメージできてるんだ、組織自体が必要な構造だから、断面さえ間違わなければ、磨くだけでできるよ」

「でも、このサイトにある石は小さすぎるよ」

そらまめが自信なさそうに画像を見つめている。

ボルクは街の雑貨屋で見つけた古い卓上のグラインダーを磨いている。


「旧式のグラインダーなんて、よく見つけたね」

そらまめがボルクの手元に顔を近づけた。

「離島はさ、古い道具を丁寧に使ってるんだ。ほら、隣りの奈留島に双子水晶ってあるでしょ、日本で山梨県のどこだったかと、奈留島だけで取れる鉱物だよ。それを磨くのに使っていたらしい」

「貴重品だな、ボルクのお宝だ」

「カストルはわかっちゃいないんだ。手動式なんて僕には使いこなせないよ、宝の持ち腐れさ」


「だったらボルク、治五郎さんの神殿で精神統一の訓練しよう。暇ができたでしょ」

ヒジュが珍しくボルクを自分から誘った。

「ライラも一緒ならいいけど、カストルも行くでしょ」

「俺はいくら頑張っても幽体にはなれないよ」

「でも見に来てよ」

ボルクは付き添いが欲しいだけなのだ。


「それより、ボルクいつ外に出たんだ?」

「え? 僕じゃないよ、治五郎さんに頼んでおいたんだ」

「ふーん、急接近だね、子供の頃は近づくことも出来なかったのにね」


久しぶりにのんびりしていた時だ、

「ねえ、最後の火星移民船が発射されたらしいよ」

 そらまめがモニターから離れた。そらまめは毎朝ニュース番組を掛け持ちでチェックしている。


「まだ募集してたのね、信じられない」

「新しいドームに着工していたんだもん、やめられないわよ」

「見て、ラストチャンスだって、魅力的な未来都市火星永住計画って失敗を認めたのに」

「失敗を認めた

のは治五郎さんだけだよ、ほら、ここに飛田組撤退って、小さく書いてある。えーと、飛田組は新たな計画のため、単独で宇宙を航行中」

「ふーん、政府も、世界統一機構も事実をひん曲げるんだ。シリウスが危険視するのも分かるね」

「カストル、莫大な補償金受け取ったんだから、発言権も消えたわ」

リンダが爪を磨きながらボルクの資料を見ている。

「リンダ、ボルクは上手く行ってるの?」

「ボルク古文書の解読機を自作したみたいよ。今日は海底神殿の石板を読むんだって」

「まだ寝てるよ」

「昨日治五郎さんの道場でやった精神統一で、ボルクは一瞬で集中しちゃったんだ」

「ヒジュよりも早く?」

「そう、一瞬で寝ちゃってた。もう皆大爆笑さ」

「飛田組のやつらはボルクを知らないんだよ。ボルクは今大変な仕事量だからね」

「そうそう、みんなボルクに依存しすぎよ、お人好しを利用するなんてガイヤらしくない」

「ライラ、ごめんよ」

最初にゆずが謝った。

「カストル、あなたがしっかり守らないと、ボルク壊れちゃう、最近昼寝もしてるんだから」


「だったら動物の世話はあたしとミーシャがやる」

「ボルクに心配かけないように、しっかりやるんだ」

ライラが深くため息をついた。


 シリウスたちの存在は、さらに深刻だった。海底神殿には、隠し扉があり中にはなにかしらの基地があるとヒジュは言っている。


毎日のように出入りしているらしい。シリウスたちは、半透明な姿で、海中では見つけにくい。まるでクラゲみたいだとそらまめが言った。


そうなると、ボルクが言うへんじょの鏡に期待が集まる。ただし、へんじょの鏡の存在は、まだ実際に使われていたのかも定かではない。


 シリウスたちの動きはきんときが世界地図上に記入している。突然の火山噴火や、海底地震、巨大なハリケーンは、すべてシリウスたちの実験だと言う。

「地球が異星人の存在を認めれば、すべて解決するのに、どこの国も否定している。でも、ここまで来れば、それぞれの国がなにかしらの協定を結んでいるんだ。地球より自国が大事って考えだよ、二十年位前に宇宙開発を共同でするようになったけど、結局うまく行かなかった」


「こんな小さい島でも、僕たちがいることが、話題になっているよ。飛田組の研究施設の職員として届けられてる」

「いろいろめんどくさいわ。早く地下ドームが完成して欲しい」

「慌てないで、チップス、シリウスたちの動きも焦っているようには見えないし、友好的にやろうよ」


 リゲルが支給品の仕分けを始めた。

「すごいや、野菜の種類が増えた。魚もある。干物だって、豆腐、納豆、ミーシャ見てくれよ」

「すごいわ、こんなご馳走食べてたのに、火星の生活はストレス溜まったわよね」

地上の生活は火星とは比較にならないくらい豊かで生きるのに都合がいい。


「ガイヤたちなんて、ボルクのケーキが最高の贅沢だもの」

「地下の街でも地球なら快適よ。酸素もあるし、いい土も手に入る」

「そうだね、今のうちに電柱シティの土を入れ替えるか」

「カストルわかってないわ、土は合成されたもの、無菌で養分も計算されている。適当に入れ替えなんてできないの」


「そうだ、今日は外に出られるよ、2時から30分だけ、町に下りてもいいらしい。町の人たちは何かの会合があって公民館に集まるんだ」


「いない留守を狙うみたいで嫌だわ」

「治五郎さんが、島ごと封鎖するように、町長と話をつけるらしい」

「治五郎さんなら、それくらいの話し合いは簡単さ、上手くやれる。それなら散歩だね」

「バラバラに行こう」

「あれ、ボルクのトリニタイト来てるよ」

オークションで手に入れたトリニタイトの包みだ。


「皆、手袋してよ、外部作業用の」

ボルクが起きてきた。

「放射線が強いんだよ、気をつけて扱わないと」

「普通に郵便で送れるの?」

「まだ規制はないし、微弱だから」

「これは使えるところが2㎝しかないよ」

他にもいくつか届いている。

「ボルクはオモチャが届いたね」

「カストル、手伝うんだよ」

「おう、もちろんさ、みんなでやろう」


 カストルとヒジュが石を吟味している。グラインダーを回して、余分な砂や、粘土、付着物を削り落としてゆく。しばらく様子を見ていたボルクが、トリニタイトを袋に入れ木槌で叩いた。グズッと砕ける音がした。

「おい、ボルク、貴重品なんだぞ」

「これでいいんだ」

ボルクはさらに木槌を振るって、袋の中身をテーブルに広げた。

「これがトリニタイトの結晶だよ。この小さい破片を同じ向きに揃えてこれに並べるんだ。接着剤を使えばうまく並べられる。隙間がないように」

「で、並べ終わったら? 」

「手で均一になるまで磨き上げる」


 ボルクは簡単そうに言うけど、気が遠くなりそうな作業に違いない。ひとつの摂理状の結晶は五㎜に満たないのだ。


「二人ひと組でやれば、五つできるね」

ご機嫌なのはボルクたけだ。実際ボルクが言ってたへんじょの鏡だって真意のほどはわからない。



 中央管轄棟に行くのは、すっかり慣れた。治五郎さんは、ガイヤからの寄付で、島に仮住いを建てている。ガイヤは電柱シティで生活することに不足はないと考えている。


「しばし待ってなさい。今週中には地上で生活できるよ。地下のドームは第二ドームに取り掛かった。このあたりの海は中国船籍の船がひっきりなしに現れるから、工事はたびたびの中断を余儀なくされる」


「中国船籍の船だって? きっと地下資源の調査だ。戦争なんてまったくやりたくないけど、火星でも、領土争いはいつでも起こりそうだった」

「それより、きんときたちが電柱シティに避難しそうな人の募集をはじめたよ。複雑な方法で興味ありそうな人に声をかけている。たとえば、過去に未確認飛行物体に遭遇したパイロットとか、オーパーツの研究者とか、秘密組織だとか言ってる」


「やはり、シリウスが文明を破壊するってのは、囁かれているから、賛同者も多いだろ」

「うん、あと少し待って、ノアの箱舟だからね、慎重に選別しなと」

「シリウス達の動きがわからないから不安なんだ、最近大きな地震が続いているし」

「ヒジュ、地震は火山性だよ」

「活火山のラインから外れている単火山だよ。人工地震って僕は断定する」

「そらまめ、地球は不穏だね」


「もう、これくらいでいいでしょ、出かけるよ」

ボルクがロッジの外に出た。ヒジュが軽く手を振って後に続いた。カストルも続いた。

「ライラ、牧草地に行くね」

チップスとミーシャが牧草地に出て行った。リンダはきんときが見つめている画像を後ろから見ている。


「それってボルクが開発したの」

「まだ発展途上だけど、仕上げを頼まれたんだ」

「それ、古代文字? 」

「カタカムナ文字と楔形文字の比較一覧だよ。ギリシャ文字を元に読み解けるか過去の解読方法で試してるんだ」

「どうしたいの?」

「天変地異を防ぎたい」

「なるほど」

 リンダは支給品のりんごを持って出て行った。

ガイヤでさえ迫り来る危機を受け流してしまう。地球の文明がその都度破壊されたと知らせたところで、信じる者は少ないのかも知れない。


 火星の移民計画もすでに頓挫してしまったと知る者もいない。蓋をして見なかったことにするつもりなのか? 十万の置き去りになった人類に脱出方法はないのだろうか。


やはり自分たちガイヤは感性が極端に劣っているのだ。自分たちだけで脱出したのに、こうして落ち着いてからじゃないと、考えが至らなかった。


 最初から火星移住プロジェクトに参加していた治五郎さんや飛田組は何を考えているんだろう。地球が火星にした仕打ち、残酷に人類を見捨てる恐ろしい選択をしたことをどう考えているのだろう。


ライラはベッドに仰向けにひっくり返って動けなくなってしまった。

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