第21話 海底神殿へ

「カストル今日から外に行けるんだろ?」

 ボルクはログハウスの窓から離れない。見えるものといえば、赤い空に染まる電柱シティーの見慣れた風景だけど、ボルクは宇宙に漂う美しい地球の姿を脳裏に描いている。


 カストルが生物図鑑をモニターに取り込んで眺めている。地球で息づくすべての物が珍しく愛おしい。

「なあ、ヒジュ、シリウスたちも地球を救いたいんだろ?」

「カストルヒジュに絡むなよ、シリウスの考えは分からないけど、人類を滅すつもりはないよね」


「確かにその通りだよ。九州の海域には水没した海底神殿が眠っているだろ。なぜ破壊しなかったんだろう。データとして上がっている。火山の噴火が原因だとか、津波で押し流されたとかそんな事は信じられない。縄文人があれだけの巨石を動かして、神殿を作ったのもあり得ない。海中神殿はろくに調査もされていないみたいだ」

「案外海底神殿はシリウスや他の異星人たちの巣になっていたりして」

ボルクはヒジュを見上げた。


 ボルクの今の言葉って、何か意図があるんだろうか。ゾクリと悪寒が走った。ライラはカストル、ビジュ、ボルクで争いが起こらないように見つめているだけだ。


「そうさ、こんなにでかい神殿が海の中かにあるのに、文明に関する昔話は記録にないんだ」

 ボルクには気も留めずカストルは和やかに話す。


 ボルクはヒジュに何か意地悪をされた訳じゃない。もの心ついた時には、既にヒジュの視線から逃れるようにしていた。ヒジュの刺すような視線が苦手だ。苦手だった筈だけど‥‥‥。


 ライラはガイヤたちのムードに気を遣ってしまう。

「海底遺跡は沖ノ島や、宗像、他にもたくさんあるけど、どれもほとんど調査されていない。少ないデータで判断するなら、縄文以前の巨石文明の名残だ。ボルクも見に行こうよ」

 ヒジュがボルクを誘うのは珍しいことだ。

「僕は地上を見てからね。面白いものがあったら教えて」

ボルクは屈託のない笑顔をヒジュに向けた。


 治五郎さんに調査用の潜水艇を依頼すると、その日のうちに手配できたと知らせてきた。

「治五郎さんは知り合いもたくさんいるし、資金も潤沢にあるんだね。樹木が足りないと嘆いて火星に移住したっておかしな話だな」

「地球の資源が枯渇するって嘆いて移住を決めたらしいけど、火星はなおさら目新しい資源なんかなかったよね」

「治五郎さんもまだ謎に満ちているってことさ」

 カストルとボルクの会話は対等だ。ボルクが成長している。ライラは漠然とよぎった不安を打ち消した。


 太陽シティーの天頂ドームが開いた。重力は負担を感じるけど、しばらく活動すれば、馴れるらしい。電柱シティーの市民は、まだドームの外には出ることを禁じられていたが、ガイヤたちには探索の許可が出た。


 それぞれが目的を持って、鬼岳の芝生を滑り降りて行く。今日から、地下の掘削もはじめるらしい。ボルクはゆずたちと隣の島に渡ると言う。カストルもヒジュも一緒に行くようだ。


「おーい皆んな、渡り鳥の群れだ」

 リゲルが牧草地に仰向けになって、丸く切り取られた空を見ていた。

「早くわたしたちも外に出たいよね」

ライラとチップスがあーあと大きなため息をついた。二人は今日は留守番だ。


 二人用の潜水艇は信じられないような機能が搭載されていた。マニュアルをデータとしてチップに読み込むことができるガイヤにとっても、すべてを使いこなすには一回の探索ではできそうにない。沖ノ島までグライダーで移動することに決めた。潜水艇は飛田組の若い衆が用意していた。しかし二人乗りではヒジュとゆずが乗り込めばいっぱいだ。


 きんときとそらまめは小型の漁船に乗り、目的地まで着いて行った。海底の地形を探索していると、明らかに不自然な隆起がある。もちろんこのあたりの漁師は昔から海底の人工物は知っていた。水深十五メートルから二十メートルの場所に眠っている。


 ある日調査に来た学者は、四本の柱のうちの一本に螺旋階段がついているのを、実際に目にしたのに、自然物だとさらりと解説したらしい。


「一目瞭然だよね、敢えて自然物だと言って、さっさと調査を切り上げてしまった。ここに秘密がありますよって教えているようだよ」

「ゆず、柱の周りを撮影しよう」

「この建造物は、神殿みたいだね。だけど、何故巨石なんだ?」


「木造だったら、とっくに腐って跡形もないよ。出雲大社の、いや、電柱シティーの治五郎さんの神殿だって水に沈んだとしたら、千年で跡形もなくなるさ」

「出雲大社の巨大神殿の柱でさえ4世紀か5世紀とされている。一部が残っただけだもの、これだけの巨石の石積みだけど、二万年年以上前だよ。こんなでかい建物が必要だったのか」

「僕はふっと思ったんだけど、宇宙船の発着場所だったとか、ほらボルクが言ってただろ、銅鏡として使われていた赤い鉱物、光を屈折させたって記録が、古代文書に残っていたって言ってたよね。あれさ、誘導灯じゃないかな」


「ゆず、君の想像力は面白いな、案外当たっているかも知れないよ」

 ヒジュが細い目を開いている。

「これって、四階か五階建てだよね、絶対人力じゃ建てられないよ。だから学者は見なかったことにしたかったんじゃない」

「ゆずはすごいよ。結局はめんどくさい事は放置するんだ」

ヒジュは電柱シティーに戻ってからも、ゆずの発想には驚いたと興奮していた。


 ボルクは二人が撮影してきた画像のチェックをしながらうめき声を上げていた。

「ボルク、君が今日見てきた遺跡はどうだった?」

「うん、あれね、せいぜい六百年代くらいのものが一番古いって感じかな、超古代じゃなかった」

「掘削はすごいスピードで進んでいるみたいだよ、島中に溶岩が固まった洞窟があるらしい。うまく空洞にぶち当たって、一気に掘り進んでるんだ」

「なんかロマンを感じるわ」

「リンダがロマンだって?」

「カストル、私だって超古代のお姫様の妄想だってできるわ」


「やっぱり、ボルクが言った通り九州は、超古代文明があった確率が高いな、リンダ、あながち間違ってないと思うよ」

「なんか面白くなってきた」

リゲルも食い入るようにモニターを見ている。ライラは、夜の巡回にチップスを連れて出て行った。


「あれ? 今日ライラは何してたんだ?」

「ライラは島の博物館を見てきたらしい。うーんと、郷土資料館だったかなあ」

「ヒジュ、ライラを一人にしちゃだめよ、振られてから泣くタイプよね」

ミーシャが冷やかした。ヒジュはまた蝋人形のように白くなって固まった。



 翌朝、ボルクが朝食の時間に起きて来ない。ミーシャとチップスがサラダを作り、リンダがパンと紅茶を用意した。ライラが珍しくオムレツを焼いている。


「ボルクはまだぐっすり眠ってるな」

「朝方まで起きてたみたいよ」

 カストルがボルクの毛布をかけ直して戻って来た。

「ボルクは何か発見したみたいだ、ほら、なんだと思う?」

「記号には違いないけど、丸に縦のラインは晴れのマークじゃないの? 天気図のあれ」

「ちょっとミーシャ、ボルクが朝までかかって天気図のマークに行き着くか?」

「だったら何よ」

 リンダがヒジュの前でメモ用紙をペラペラ振っている。ヒジュが鬱陶しそうに手で払った。

「あっ、何かひらめいた。もしかして…… 」

ガイヤたちが椅子から立ち上がり、リンダの持つメモに顔を寄せた。

「ヒジュ、もったいぶるなよ」

ゆずが待ち切れないようにヒジュを急かした。

「今喉まで出てたのに、忘れたよ。おかしいな、おい、ボルク起きてよ」

ヒジュが、はっきり聞き取れる声を出した。


「やあ、ヒジュ、それ信号だよ」

ボルクが顔だけこちらに向けた。

「信号?」

少なくとも、四人が同時に言った。

「うん、まだ仮説ね、ほら隣に書いてあるギザギザマークとさ、シャワーの水みたいな末広がりな図形は古代文字のリストにあるだろ、神代文字はずいぶん読み解かれているんだ。丸にラインを引いてる文字はは平凡なものだよ。世界中から発見されてる古代文字だけど繋がりはないんだ。偶然同じデザインなんだけど、意味はそれぞれ違う。例えばメソポタミアだったら太陽だったり、日本の超古代文字だったら扉を表していたりする。ギザギザマークはカミナリだったり、強い雨や雪だったりする」

「カミさんの怒鳴り声もあるかもな」

「カストル、もしかして私のこと想像したでしょ」

「リンダ、誤解だよ、君は稲妻マークみたいに怒鳴らないだろ」

「どうかな、リンダの声ってでかいし響くから、近いかも知れないよ」

「ちょっと、ボルク」

「僕起きたばかりなんだ、静かにしてよ」

ボルクが目を半開きにして、やっとテーブルに着いた。


「それね、たぶん光の当て方なんだ。例えば晴れマークね、丸い穴を半分隠す。ギザギザマークは光をそんな感じに揺らすとか」

「それなら文字だよな」

「資料が少ないから読めないけど、昨日の海底遺跡には二個あった。もっと探せばあるかもね、ゆずまた調査に行くでしょ」

「ヒジュ、また今日も行くよね」

ゆずも調査に乗り気だ。

「うん、行きたいな。巨石の影に不自然な動きをするものがいたんだ。気のせいかと思うけど、もう一度調べてみたい」

「それ、僕も見たよ。ヒジュが言わなきゃ目の錯覚だと思っていたけど。潜水艇あと二台お願いしてみようか」

「そうね、今の話をそのまま治五郎さんに言ってみる。わたしもね、島をちょっと見て来たけど、えーと、神社なんかにぶら下がっている御幣ってあるでしょ、稲妻型みたいなやつ」

「あれ? 神主がお祓いの時に振るやつ?」

「そうそう、あれね、この島では赤と白だったよ」

「それならライラ、となりの奈留島では黒と黄色なんだよ」

ボルクは自分で言いながら、はっとしたように目を見開いた。

「黄色と黒の組み合わせって、奈留島だけかもしれない。データにないんだ。御幣には5色あるけど、意味がある。健康だっり、作物の実り具合だったり、天気なんかだよ」

「奈留島の神社ってどこが本宮なの?」

「ボルク、それって重要?」

ボルクはぼんやりした顔になった。

「うん、僕にとってはね、治五郎さん八咫烏のメンバーで、八咫烏は熊野神社に属しているんだ。黄色と黒の御幣は暗に八咫烏だと

示しているんじゃないのかなあ」

ライラはすぐに今の話しを治五郎さんに連絡している。


「治五郎さんの掘削作業も火星を掘るよりずいぶん楽なんだって」

「ライラとヒジュは明るくなったと思わないか」

きんときがライラに目を向けた。

「まったくだ、とくにヒジュなんか、鼻唄を歌っていたよね」

「ゆず、冗談だろ、僕には聞こえなかった」

リゲルがヒジュに顔を近づけた。全員の視線がヒジュに集中した。

「ヒジュが困っているよ、とぼけて見せたのにね」

「ライラ、ヒジュ、悪気はないんだ。皆んな羨ましいだけだよ、君たちはお似合いのカップルだ」

きんときが笑いかけた。

「皆んなそう思う? だったらヒジュと別の部屋で暮らそうかなあ」

「ちょっとライラ、一人で決めないで、ヒジュはライラと二人でいたいの?」

「今回の調査が終わって、定住地になったら僕たちは二人で暮らすよ」

「ヒジュってカッコいいわ、ライラに渡したくないなあ」

ヒジュがライラに身を寄せた。

「リンダ、君は母親みたいに感じるよ。ライラは妹だ、可愛い」

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