第20話 広がる天然色

   40日間の宇宙の旅は、まるで火星にいた時と変わらなかった。完全循環システムは機能している。

 治五郎さんとの連絡は途絶えていた。

40日目の朝、 地球の周回軌道に乗り宇宙ゴミと小隕石の群れにうまく吸収されたと、短い連絡がモニターに写し出された。画像では航行ルートが表示されている。狙いは前方の五十㎝の極めて小さい隕石だ。地球では、電柱シティーを宇宙ゴミと認識したようだ。


ガイヤたちは急いで管理センターに合流した。


「あの隕石、地球の引力に吸収される時に一緒に突っ込むんだ」

 治五郎さんの説明を聞きながら、ガイヤたちもコックピットでモニターを見詰めている。ぐらっと、前方の隕石が揺れた直後に電柱シティーも続いて落下して行く。モニターが真っ赤に染まっている。


「やった! 成功したぞ、シールドが燃えつきた。オリハルコンは強いな。ドームは無事だ。さあ、ボルク、鬼岳に降りるよ」

そらまめの声がログハウスに響いた。


 地球にズームしてゆく、世界が見えて海が広がる、大陸の端っこだ。龍の形の島が日本だ。九州の離島、福江島、鬼岳は休火山だ。有史以来活動していない。


「違うよ、データが古い。火山は今やすべて活火山だよ」ボルクの解説が入った。


 美しい形の火山は、緑の芝に覆われている。眩しいほどの煌めく天然色。深夜に大気圏に突入して、光の球となり目的地にエアーシューターのカプセルくらいの衝撃で到着した。すぐにサイドから、カバーフィルムが張られて、船体を隠した。夜が明けたばかりだ。


「隕石が突入したけど、燃え尽きたってとこだろう」と、カストルがストーリーを語った。しかし、サイレンは鳴らない。大地に生命体の反応はあるが、姿が確認できない。


「とにかく無事に到着できたんだ、凄いや」

 ボルクが真っ先に圧着ベルトを外した。

「体が重い」誰の声だろう。

「ボルクいきなり動くと死ぬぞ」

カストルの手が伸びて、片手でボルクを拾い上げて膝に乗せた。


 皆んながほっとして、やっと喜ぶ声に包まれた。すぐに火星から持って来たキュリオシティが外に出た。草原の画像が映し出されている。


「緯度も経度も間違いない、設定した目的地に到着したようだ。人口二万人の島のはずだが、生命体の反応が少ない、人はいないみたいだ」

 おそらく、キュリオシティに乗っているのは、飛田組の加賀美さんに違いない。

「かなり明るい隕石の落下だ、振動も体に感じるレベルだけど、島では何事も起こらない」

キュリオシティは幾つかの画像を送って来ている。


『電柱シティー諸君、船体は地球に到着したあとすみやかにシールドで隠された。あとは、重量に慣れるだけだ。少しずつ加圧して行く、しばらく我慢したまえ』


治五郎さんの顔が画面に現れた。

「あーあ市民は混乱しているよ、まもなくセンターに押しかけてくるな。ケンタウルスに行くんだって信じていたんだ、どうする?」

ライラは夢から覚めたように、治五郎さんを目で探した。


「ガイヤたちおめでとう、わしが皆んなの目の前で事実を話すよ。我々は地球に見捨てられて、緊急避難したんだと説明しよう」

すぐ後ろから治五郎さんの声がした。


「旧式のキュリオシティからの画像が入って来る。ガイヤたちはしっかり確認しながら、行動方針を吟味したまえ。飛田組はこの地に家を建設する」


地球は緑の息吹に覆われている。

「早く外に出て新鮮な空気を吸い込んでみたいな」

「明日朝には加圧も終わり、重力に慣れたら外に出られる。今現在もドームの中なら移動可能だ」

「そう来なくちゃ、皆んな牧草地に引っ越しだ。動物達が心配なんで」

きんときの声か弾んでいる。

「外との差がなくなったら解除の連絡をする。市民はまだしばらくは電柱シティーの中だ。地下ドームが出来るまでは我慢じゃな」

 治五郎さんは、ガイヤたちが牧草地に戻る許可を出した。


 外部作業スーツは着たままだ。

「ガイヤ全員で話し合ったんだけど、このうち十億円は、地球に居住する場所を作るのに足しにして」

ライラに手渡された通帳とカードを、差し出した。治五郎さんはあっさり受け取った。ガイヤにとっては紙の束とプラスチックのカードだ。通貨と言われても実感も湧かない。


「ありがたいね。若い衆に言って今日早速使わせて貰うよ。街の建設資金にする。あとは住民の生活保障に充てる」


 鬼岳は標高三百十五mのスコリア火山だ。全体を芝で覆われている。なぜ住人の生態反応がない?

「外に出て調べて来ます」

 ビジュが立ち上がった。

「まだ、歩けんよ。なんせ電柱シティーの重力の二倍位の圧があるからな。それより飛田組は地球の会社だぞ、このあたり一帯は火山調査の為に立ち入り禁止区域に定めてる」


「えっ!」

「ガイヤたち忘れていたのかな、火星に移住したのは飛田組の社員わずか一割じゃよ、まさか政府も忘れたふりだ。腹が立つことじゃな」

「島の住人はどこにいるの?」

 ボルクは地球人に憧れている。

「四km西に離れたところに三百人が避難している。飛田組の宿泊施設があるから何も起こらない」

「地下のドームはいつ完成するの?」

「ライラ二週間あればドームは埋められるんじゃ、すでにある。昔からな。一号ドームは太陽シティーの底の火口を掘るから簡単じゃ、出口は他の火口に繋げる」

治五郎さんはどこまで想定していたんだろう。ライラは呆気に取られて思考が停止しかけた。

「それまではしばし解散じゃ」


 ガイヤたちは牧草地に戻った。動物たちは怯えてはいたものの、ボルクが新鮮な飼料を与えて充分な水を補給すると、普段通りに散って行った。

「もうすぐ彼らを外に出せるね。ドームの中より酸素濃度が濃いんだ。きっと喜ぶね」

「ボルク悪いけど動物たちも我々もドームの中で生活するんだよ」

「あっ、忘れてた。ライラ、ポールシフトに火器兵器、地震、津波、地球は末期的症状だった。僕嬉しくて忘れてたよ」

「ふーん、じゃあ、ボルクの任務はなんだい」

 カストルがボルクの頭を撫でながら顔を覗き込んだ。ライラはカストルがボルクの体調をチェックしているのを見て、カストルは感情の発達が出来ていると感じた。ガイヤにとって感情の発達はメリットかディメリットか。今回のように命をかけることに、生か死か迫られていることに、恐怖はなかった。


「えーと、文明を継続させる為に次元上昇を阻止する」

「ボルクすごいな、で、なにか方法は見つかったの?」

「ライラ、ゆず、そらまめたちは海洋資源を調べて、このあたりのエリアはまだ未開発なんだ。かつては中国がしきりに海洋調査をしていた。日本は警告を出しただけだ。日本には失われた鉱物がある。緋色の鉱物でおそらく水晶のような円柱状の組織だ、光を乱反射する。火山性の石ではないかと思う。日の神が吐き出したんだ。火の神かもね」

 ボルクはすでにスイッチが入っていた。ガイヤのメンバーでボルクだけが完全に目を覚ましている。

「なるほど、失われた鉱物を探せばいいんだ」

ゆずがそらまめを見ると、すでになにかの手がかりを見つけたように、しきりに頷いている。


「さあさあ、お茶でも飲んでくつろがない? 私疲れているみたいよ」

「呆れた、チップスやミーシャなんて、居眠りしてたでしょ、逆に緊迫した着陸の瞬間も知らないでしょ」

「だって私たちがうるさいって言うから、黙っていたら、眠くなるんだ。ねえ、ミーシャ」

「うー、リンダの騒ぐ声だけ響いていたね」

カストルがお茶を運んで来て、リンダの前に力を込めて置いた。ヒジュは椅子にもたれて居眠りを始めた。

「分かったわよ、黙ってるわ」

ボルクも目を閉じているが、瞼の下の眼球はせわしなく動いている。


「シリウスたちが見張っているかと思うと背筋が冷たくなる。早くボルクが言う鉱物が見つかれば良いけど、古文書の情報だと言うのが気になるよね」

 ライラがみんなに聞こえるように言った。

「鏡の乱反射を利用するって、ありそうだな。少なくともまったく嘘じゃない。明日からは、ボルクの助手にミーシャとチップス、俺とヒジュは地下パイプを作る飛田組に合流する。ゆずたち三人はモニターの監視と牧草地の管理、リンダとリゲルは火山調査をするってのはどうだい?」

「ちょっと待って、私は?」

「ライラは街の様子を見る係りだ、幸い治安はいいし、飛田組も街に出てるだろ。明後日はリンダと入れ替わればいいよ」


 明日からは本格的に動くんだ。

 地球からの干渉はまだないようだ。


 ガイヤたちは電柱シティーのログハウスで情報収集をしながら地球を観察していた。テレビのニュース番組は、世界の緊迫状況を次々に伝えている。


 ヨーロッパの至るところで戦火が上がり、アメリカは南北で分断され、北欧の国々はロシアがすでに占領している。

「ちょと、なにこれ?」

米軍の戦況を報告しているのは、明らかにシリウス系の異星人だ。


 ライラは全員をモニターの前に集めた。ガイヤたちはモニターを見つめて、データを収集している。ボルクだけがマグカップにミルクを注いでそれぞれに手渡したり、クッキーを口に放り込んだり世話しなく働いている。ボルクは電柱シティーが宇宙にいるあいだにくまなく情報を集めていた。


「軍の上層部の人だって、すでにシリウスが介入したの?」

 まったくどうかしている。ライラまでも、今はじめて知ったみたいだ。ボルクのため息と呟きが雑音の隙間から流れた。


「中国天安門広場の軍事パレードだって、戦車に乗っている兵士たち、グレイが半分を占めている」

「いつの間に占拠されたんだ? 日本は参戦しているのか?」

「だけど、なぜ治五郎さんもこんな事態は知らなかったはずだ」

「各国は五十年も前から宇宙人と交流していたんだ。はじめは、米軍の航空部隊にシリウスがいるって報道された。その後にホワイトハウスで働くグレイの画像が新聞報道された。西暦二〇一五年頃にはアメリカやロシアで、宇宙戦争に備える組織が結成され始めた。この頃は、政府はまだ宇宙人を否定している。シリウスたちが米軍に侵入したのを、政府が気がついて、密約を交わしたのがこの頃らしい。ロシアと中国は何か別の情報を追っている。軍部がアメリカを挑発しては、和解するなど、明らかに時間稼ぎをしている」

「ちょっと待ってよ、なぜボルクは黙っていたの? ライラもヒジュも宇宙旅行を楽しんでいただけってこと?」

「ボルク、ごめんね。ガイヤは地球に行けるって、テンションが上がり過ぎておかしくなっていた。舞い上がっていた」

「リンダやミーシャも?」

「私たちは、シリウスやグレイなんか興味ないし、地球だって火星だって定住地があればいいの、戦争なんて言葉も聞きたくないわ」

「ライラとヒジュは、恋愛ゲームに気を取られていた、俺もリンダの声が気になり、注意力が散漫だった。認めるよ」

「やっと、僕たちの言葉も聴く気になったんだね」

ゆずがホットミルクを啜っている。

「それなら、僕の話も聞いて。地軸の傾きが、危険ラインに達していると、イギリスの学者が発表したのが戦争の始まりだったのさ。それは、すぐに日本の学者が否定した。ポールシフトはやがては起こるが、まだ先だと、千年は変わらないらしい」

「ふーん、日本はまだリーダーシップを取れる国なのか? で、戦争はどうした?」

カストルが身を乗り出した。ゆずは何回も話そうとしたんだ、今更って感じだ。

「この国は今、鎖国状態だ。戦争を傍観しているけど、兵器の部品を各国に提供している。これは、国としては禁止しているけど、部品としてアジアやヨーロッパ、アフリカの小国に輸出しているらしい」

「それこそシリウスか、トールグレイの作戦だろ?」

「リゲル、まさにそうなんだけど、小さな町工場レベルでパーツを流している。注文を受けたらパーツを作るだけだから、まさか、戦争に加担しているなんて、自分たちは知らないんだ」

「政府は気がついてないよ、日本政府は状況をまったく把握できてない」

「シリウスやトールグレイが戦争の火種をばら撒いてるの?」

「いや、戦争を止めたいんだ。だけどブレーキが掛からないなら、核兵器を使う気だ。いつも文明の終焉は奴らがボタンを押すんだ。しかも、今回は同時多発を狙っている」

「ボルク、戦争は止まるのかい?」

何人かが同時に言った。

「だから、ガイヤたちがなんとか止めるんでしょ、シリウスと話すのか、地球が協力するか、僕は地球の文明を継続したいんだ。シリウスたちの高度生命体の星を作るって考えは嫌なんだよ」

「ボルク、僕もあり得ないと思うよ」

 ヒジュがボソッと呟いた声は、ガイヤたちの胸にも冷たい楔となって届いた。

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