第13話 火星の異星人
たった一日で、ガイヤたちは宇宙がこれまでよりも近くなったと感じていた。
ヒジュがパンをかじりながら静かに話すと、皆も真面目に耳を傾けている。
「昨日会った異星人は、銀河系内宇宙の者たちだ、天文単位で考えると、太陽から地球までの距離が一天文単位とされているけど、約一億五千万kmだ。太陽から木星までの距離は五天文単位、土星までは十天文単位、天王星までは二十天文単位、海王星までは三十天文単位、冥王星までは四十天文単位。つまり百AU以内の距離の惑星から来ている。目的は地球の暴走を制御するためだ。僕らガイヤは地球が暴走した産物って訳だ。奴等は地球に出した要求のひとつに、新しい生命体の排除を要求した」
「嫌よ、勝手に作り出されて、一方的に排除するなんて酷すぎる。私たちには生きる権利もないってこと?」
リンダが憎しみを込めた眼差しでヒジュを睨んだ。
「リンダ、怒るなよ。異星人たちは地球に新しい文明を発生させる準備をしている。アセンションと呼ばれている計画だ。しかし地球は察知したんだ。シリウス星系の幽体を敵視するようになった。アセンションは地球の解釈では次元上昇、シリウス星系の奴等と同じ高度生命体の世界だ」
「幽霊だらけの星にされちゃいそうだね」
きんときが言う通り、シリウス星人は青白い幽体の者が多く存在している。ジャムは実態らしいが、その違いが意味するのは? ライラは深く思考を巡らせたが、自分たちよりも遥かに高度な生命体だとしか理解できない。
「ジャムは古代の地球を見ている。あの実態は仮の姿で、幽体だけが入れ替わることで、数十万年の時を見てきたんだ。いずれにしろ、僕たちには考えが及ばない生き物だってことさ。治五郎さんは、あっさり負けを認めて火星を離れようとしている」
「地球は火星から手を引く決断をしたんでしょ、十万人の火星の住人は地球に帰るの?」
「チップス、放棄するんだ。自然消滅させるらしい。だからシリウス星人たちが怒って、次元上昇で回避しようとしているんだ」
ライラはガイヤの立場を整理しようとしていた。
「天文単位だとか、古代文明が三回滅びてシリウス星人の手を借りて復活したんだとか言われても、地球人には理解出来ないし、まして、ガイヤの存在みたいな一匹の虫けら以下の小さい命なんてのは、火星移住計画の抑止力にもならないよ。治五郎さんだってさんざん考えたはずだ」
「ライラ、治五郎さんと……いや、飛田組と一緒に火星を脱出しないか?」
ガイヤはそれぞれ考えこんだ。無言の時が流れてゆく。
「僕は牧草地に残るよ。治五郎さんの神殿を譲って貰う。だって脱出しちゃったら、あそこは空き家になるんだろ」
「ボルクが奇妙なことを言い出した。神殿ごと宇宙に飛びたつんだ」
「カストル、あたしも火星に残ろうかな、飛田組の火星脱出は手助けする」
リンダがあっさり言った。
「僕は火星人一号だから、当然火星に残る」
そらまめも決断した。ゆずときんときはうつむいたままだ。
「あたしはさあ、どっちでもいいよ。多分、宇宙に出たいのはヒジュだけなんじゃないの?」
リンダがビジュを指刺した。ライラはとっさに飛びかかりそうな衝動に襲われた。
「うん、僕は滅びゆく地球も火星も見捨てる」
ボルクがいきなりヒジュに殴りかかった。カストルが素早く察知してボルクに被さった。
「カストル、やめてよ。痛い、痛い!」
「ボルク、驚かせるなよ。ヒジュが固まっちまった」
「ヒジュはシリウス星系の生命体だよ。これは防御の体制だわ。ただの発光体みたいね。思考を飛ばした」
ライラがヒジュを突いた、指が通り抜ける。
「ボルクが古代文明の末裔だったとしたら、ヒジュは侵略者だ。遺伝子レベルで君はヒジュを受け入れない」
カストルが絞り出すように話した。
「残念だけど、ヒジュとボルクは離れた方がいいよ。ガイヤ同士の争いは見たくない」
そらまめが緊張で青ざめている。
「ごめんよ、僕、勝手に体が動いたんだ」
「ヒジュを一人に出来ない。僕はヒジュと一緒に行くよ」
リゲルが両手を広げてヒジュを庇っている。
「また後で話そう。治五郎さんの神殿に行こう!」
ライラが低い声で告げた。
「全員で行くの?」
ボルクが少しだけカストルの下から顔を出した。
「治五郎さんはどうやって脱出するのか、話だけでも聞かないとボルクみたいにはっきり決められないよ」
ライラが優しい眼差しをボルクに向けた。
ガイヤたちは朝から牧草地を抜けてエアシューターで管理棟に出掛けた。最上階の神殿にはすでに治五郎さんが待っていた。
「やあ、諸君。私の話を聞くゆとりができたってことだね。さあさあ、こちらに座って話そうじゃないか」
楕円形のテーブルのまわりには、さまざまな形の木製の椅子が配置されている。カストルがボルクを一番高い椅子に座らせた。
「電柱シティに残ると昨夜ライラから聞いたが、ボルク、ライラ!残念じゃな」
「残念ってなんなの?」
「ボルクよ、牧草地も一緒に宇宙に行くんだ」
「一緒に?」
「ガイヤたちよ、この電柱シティが宇宙船になっている。このまんま宇宙船としていつでも発射できるんじゃ、推進装置の上に宇宙船がある。巨大な宇宙ステーションだ」
「こんなでかいドームが打ち上がる訳ないよ」
「シリウス星人たちが発射装置まで移動する。発射装置はあの地下都市に隠されているんだ」
「電柱シティが移動するなら、面白いかも知れないね」
「チップス、しー。面白い訳ないだろ、命がけだよ、治五郎さん電柱シティの住人はどうするの?」
六千人の市民が生活している。
「ほとんどの市民は気がつかないよ。ドームの中は変わらないのだから」
「まさか、住民に秘密で移動するのか?」
「ヒジュ、どうしたものか、とにかく火星からは一刻も早く脱出する。地球はもはや秒読みに入ったからな」
「秒読み? 戦争でもやってるの?」
「戦争をしてない時はないんだよ、宇宙開発だって戦争みたいなものだ。国際宇宙ステーションだって常に主導権争いをしている。電柱シティを見たまえ、電柱が何のためにあるのか? 単なる通信手段じゃない。貴重な木の保存だ」
ライラはヒジュを見た。ヒジュは窓から街を見下ろしていた。
「そうだったのか。治五郎さん、電柱シティを囲っている塀も建材なんですね」
「ヒジュさすがガイヤだ、電柱シティは全て再利用可能な材料で作られている。電柱はすべて丸太だからな」
「宇宙って、どこを目指すんだ?」
「すぐそこじゃ、ケンタウルスの惑星が居住可能だ。シリウス星系のデータで、火星よりも居住に向いている。酸素が希薄でも存在している」
「僕は行かないよ」
まさか! ボルクが最初にはっきりと意思表示をしていることにライラは驚いた。
「地球は火星からの帰還は認めないぞ、ある日連絡を遮断してそれ切りにする」
「治五郎さんはいつ知ったの?」
「それよりも、地球の将来は決められているんだ」
「なんだって!」
カストルが立ち上がったものだから、ボルクが慌ててカストルにしがみついた。
「シリウス星人の話は、今回が初めてではないって事だ。地球の文明はもはや飽和状態に達した。再生することに決定している。今回で四回目だ」
「治五郎さんの話、わかるよね」
「ボルクわかるとも、ガイヤの基礎の人類創世のプログラムを見れば見当がつく、まだ見てない奴は取り出して見てみな」
「カストル、つまりノアの箱舟が最後の人類創世プログラムだ」
ライラは急いで頭の中のデータを集めている。ヒジュも目を閉じている。
「ノアの箱舟は人類最初のプログラムで最後のプログラムでもあると理解しているんだね」
「そうだ、ボルク。だけど、アトランティスは? 巨大文明が消えた理由は?」
「人類発生以前の地球創世記か、治五郎さん、私たちは知ったばかりだ。すぐには理解できない」
「治五郎さん、シリウス星人の支配とは思わないの? シリウスが地球に介入しているんだよ。僕の記憶にはシリウスの存在がはっきり記録されているんだ。シリウス星人は神と崇められていた。僕らはシリウス星人と戦っていたんだ」
「ボルク、考えるんじゃない。データ量が多すぎる。遮断するんだ」
カストルが危険に気付いた。ボルクは素直に従ってカストルの膝の上で、眠る体勢になった。
「ボルクがいくら残りたがっても無駄なこと、わしは八咫烏から送り込まれた。単に次期継承者を守るためじゃ。ボルクは天照大御神の直系遺伝子を持っている。山内家は、ボルクの血筋を守るために存在してきたんじゃ」
「ボルクだって? 次期継承者ってなんだよ、なにを継承するんだ」
カストルが感情を露わにしている。
「治五郎さん、考える時間はあるかい?」
ライラはテーブルの上で指を組んだ。宗教なんか信じない。ボルクを守らないといけない。祈るような気持ちだ。
「あるさ、一年は持たないけど、数ヶ月は持ち堪えられる。君たちは私たちと一緒に別の土地に移るのが、正しい選択となる」
「治五郎さん、ガイヤは考える時間が必要だ、また来るよ」
ヒジュが帰ろうと合図した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます