第5話寝たふり
「誰がって…えっと…」
言葉に詰まる僕を真剣な表情で見つめる桃園若菜は、まるで少しも誂うような態度ではない事を理解することが出来る。
「ちゃんと答えて♡」
目を細めて美しく微笑む彼女を目にして僕はゴクリとつばを飲み込んだ。
どの様に答えるのが的確なのか。
その答えから逃げ続けて来た僕だった。
彼女らと疎遠になって八年間。
色々と思考を回転させたのだが…。
それでも僕は答えを出せずにいた。
それほど三人のことを平等に好いていたのだ。
誰が一番など決めることは非常に難しい。
いつまでも悩んでしまいそうな僕が降参の言葉を口にしようとした時…。
「あぁ〜…よく寝た…」
ソファで横になっていた栗林菜々子は起き上がるとその場で大きく伸びをした。
栗林菜々子の声を耳にした桃園若菜は目を閉じて眠っているふりを始める。
「ん?麟が一番に起きたんだ。酔いも覚めた?」
「うん。よく寝たからね。随分覚めたと思うよ」
「そっか。なんか話し声が聞こえたような気がしたけど?」
栗林菜々子は僕に問いかけて他の二人が目を閉じていることを確認すると首を傾げていた。
桃園若菜は僕にだけ見えるように人差し指を一本立てて口元でシーッという様な仕草を取っていた。
「秘密にして」
「内緒だよ」
「黙ってて」
そんな言葉が脳内で聞こえているような気がして僕は頷くこともなく視線で了解とでも言うように瞬きを一つした。
「気の所為じゃない?夢の中で何かが聞こえたとか?そういう夢って浅い眠りの時によく見るでしょ?」
必死な訳では無いが言い訳のような言葉を耳にした栗林菜々子は仕方なさそうに頷く。
「たしかにね。夢だったのかな…」
完全に納得しているわけではないが栗林菜々子はウンウンと頷くとスマホで時間を確認していた。
「もう二十時だ。明日は休日出勤しないと行けなくて…面倒だなぁ」
栗林菜々子は文句のような言葉を口にすると机の上の缶を集めたりと軽い掃除や片付けを進めていた。
「栗林。大丈夫だよ。皆が帰ってから掃除するから」
「でも…悪いじゃん」
「いやいや。大丈夫だよ。だって明日も仕事なんでしょ?帰って明日の支度したりするでしょ?ここは気にしないでいいよ」
「そう?じゃあお先に帰るね。何から何まで面倒見てもらって…ありがとうね」
「ううん。また今度来てよ。いつでも」
「うん。ありがとうね。じゃあまた」
栗林菜々子はカバンを持つと玄関へと向かい靴を履く。
玄関で別れを告げると彼女は帰路に就く。
そこから一時間ほどが経過すると他の二人も目を覚まして僕の家を後にした。
「今度ちゃんと答えを聞かせてね?♡」
桃園若菜は意味深な笑みを残して家を後にする。
僕は次に彼女らと会うまでに答えを決めないといけないのか…。
とにかく今日からまた思考を深くすることを心に決めるのであった。
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