「北極調査はどこまでも」(SF新人賞、ライトノベル新人賞最終選考落選歴あり)

牛馬走

ショートショート

   北極調査はどこまでも


 氷に包まれた場所が北極、そう頭脳に刻まれていた。

 氷河の間から、高層ビルの一部が顔を覗かせる場所を徒歩で移動する。

 ここが北極なのか、幾度となく判断に迷い本部に指示を求めているが、いつの頃からか連絡が途絶えていた。

 仕方なく、広大な氷河と雪に包まれた世界を調査して回っている。

それがわたしの仕事だ。

 寒気も孤独も感じず、淡々と務めをこなしていった。

 シロクマ、アザラシ、ペンギンといった動物たちを観察し、気候の変化を記録する。

「ちょっと、あなた」

 氷の間から突き出たビルの陰に差し掛かったとき、女性の声がした。

 立ち止まって、そちらを向く。

「まだ、生き残っている人間がいたのね? 嬉しい! さあ、こっちに来て一緒に暖まりましょう」

 艶やかな黒髪と潤んだ瞳、新雪のように白い肌に朱色の唇、恐らくは日本人女性だ。

 彼女の手招きに従い近寄ると、ビルの割れた窓から室内に誘われた。

 もとはオフィスらしい空間で、赤々とした火が焚かれている。カーペットをはいでコンクリートを剥き出しにした上で、そこに集められた木材が燃やされていた。

「さあ、ここで暖まって」

 彼女は、焚き木の側を指していったが、わたしは

「いいえ、結構です」

といって断った。耐火性には不安があるため、近寄らない方がいいのだ。

 彼女は、拍子抜けした顔をする。

「ところで、ここは北極なのでしょうか?」

 永久凍土のように凝り固まった疑問を氷解させるために、質問をなげかけた。

「はあ……」

 彼女は茫然とした表情を浮かべる。

「そうですか、分かりませんか。それでは、失礼します」

 頭を下げ、外へ出ようとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 慌てた様子で、彼女は静止の声を上げた。

「何ですか?」

 立ち止まり、顔を曲げて問いかける。

「せっかく見つけた人間、逃がさないわよ!」

 そういって彼女が手を胸の前に掲げると、瞬時に吹雪が発生した。

 理解不能の現象だが、慌てることはない。耐低音、防水については完璧だ。

「何でよ! 何で、あんたは平然としてるのよ!」

 半狂乱気味に彼女は叫ぶ。

 なおも吹雪は続くが、しばらくして彼女がその場にへたり込むとそれは止んだ。

「わたしは、耐低温、防水加工が施されているので、吹雪で機能が損なわれることはありません」

 淡々と彼女の質問に答える。

 わたしは、人間の命令に絶対服従だ。

「はあ、何言ってんの? まるで、あんた人間じゃないみたいじゃない」

 彼女は怪訝な顔をした。

「ええ、わたしは人間ではありません。北極調査用に開発されたアンドロイドです」

「アンドロイド……」

 彼女の顔に絶望が広がっていく。

 その様子を、組み込まれた人間とのコミュニケーション用のソフトが解析した。

「雪女が男をたぶらかさずに、機械をたぶらかしてどうすんのよぉ……」

 彼女は、そう言ってすすり泣いた。

「あなたは人間ではないのですか?」

「そうよッ、妖怪よ!」

 だだっ子みたいに、両手を振り回して彼女は叫んだ。

「なぜ、本部は私の通信に応じないのでしょう?」

「地球が氷河に包まれていってるってのに、調査ロボットに構ってる余裕はなかったんでしょ!」

 彼女は、ヒステリックに応える。

 それを聞いてわたしは、外へと出て歩き出した。

「ちょっと、何、泣いてる女性を置いて行ってるのよ!」

 目をこすりながら、彼女は追いかけてくる。

 だが、わたしは答えない。

 なぜなら、彼女は人間ではないからだ。人間でないものに従うようプログラムされてはいない。

「もう、こうなったら、あなたを落としてみせるわ」

 そう言って、雪女が北極調査用アンドロイドの歩みに加わった。

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「北極調査はどこまでも」(SF新人賞、ライトノベル新人賞最終選考落選歴あり) 牛馬走 @Kenki

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