こーでいいだけん、うちんちは。
のぎ ゆうた
第1話 父の威厳
今は亡き父は子供の私から見ても、見た目からも雰囲気からも体型からも厳ついオーラを放っていた。体型は格闘技系、怒ればゴジラの様に火を噴き、見た目も普通の職業と信じてもらえない。休日にはアロハシャツにサングラスで街を闊歩する様な父だった。
子供の頃は、この父と一緒に歩くとどんな人混みでもまるでモーゼの十戒のように
私達親子の目の前の道が広がっていった。その道を肩を揺らしながら歩く父の後ろを
首を竦め周りをキョロキョロ見ながら小走りでついて行く怪しげな私がいた。
そんな父の背中を見ながら、子供心に「絶対にこのす(この人)とはケンカはするまい!」と心に誓ったものだ。そんな父と一緒にいると、祭りなどの人混みに揉まれたことがないもんだから、今でも人混みの中を歩くのは得意ではない。
そしてこの父、酒とタバコとパチンコと女性が大好きだった。絵に描いたような昭和な父である。特に家族以外の女性にはとにかく優しいのだ。その特技?!のおかげか私の友人達にはモテモテだった。私の高校の卒業式の帰り道、父と女子高生(私含む)5・6人が一緒に食事をし、しゃべり倒すという図式が出来上がっていた。今のこの時代だとありえないかもしれないが・・・
私が成人すると、私の女友達と酒を酌み交わし、話すのが父の楽しみの一つとなっていた。お酒が入ると饒舌になる父は,よく私の友達に若かりし頃の武勇伝なるものを語って聞かせていたものだ。
そんな父が夕食時に晩酌しながら私にむかって神妙な顔をして呟きだした。
「おらが、ふとーだけ勝てらんだった奴がおーだがの・・」
(俺がひとりだけ勝てなかった奴がいるのだが・・・)
私も晩酌の相手をしながら聞いていた。
「ほーん、さ、どぎゃんすかね?」
(へぇ、それはどんな人なの?)
すると、父は少し真面目な顔をして言った。
「おらが自転車に乗っとったら、何だい言わすこに立っちょって、目の前におーだけん、ぶつかってかーに、きしゃが悪るんなって背負い投げしちゃーかと思ったに投げらかと思ってもびくともさんだったわ。あーには勝てらんだったわ。まぁ、おらも酔っとたけんなぁ。」
(俺が自転車に乗っていたら、何にも言わずに立っていて、目の前にいるもんだから、ぶつかってしまって、腹が立ってきて背負い投げしてやろうと思ったのに、びくともしなかった。あの人には勝てなかったわ。まぁ、俺も酔ってたからねぇ。)
少し、肩を落とし酒をちびちびと飲む父にむかい、私は疑問を投げかけた。
「そーで、さ、だーかね?」
(それで、その人は誰ですか?)
父は口を少しすぼめて答えてくれた。
「あすこの電柱。」
(あそこの電柱。)
私は思わず口に含んでいたビールを吹き出してしまった。
「親父ぃ、さ、勝てらんわ。」
(親父、それは勝てないよね。)
父の威厳とは何処へ!!
たしか、近所のおばさまがうちに呼びに来たんだよね。
「あんたんとこのおじさんが電柱と喧嘩しとらいよ。はやはや。」
(あなたの所のおじさんが電柱と喧嘩してるから早く行きなさい)
そして、私は今日も”あすこの電柱”を横目で見ながら車で出勤する。
唯一父が勝てなかった相手。今度、黒帯でも巻いてあげよう。
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