天翔ける竜になった白蛇の(ヤバい)花嫁

宇部 松清

第1話 食べるつもりのない生贄が食べられる気満々で怖い

白金しろがね様! お召し上がりくださいっ!」


 その少女は、硬い石の祭壇の上にごろりと寝転がり、手足を大きく広げ、大の字になってそう叫んだ。


「どうぞ! 焼いても蒸しても丸かじりでもぉっ!」


 さぁさぁさぁさぁ! と寝転がった状態でまっすぐに天を睨みつけ、こちらに圧をかけてくる。


 何でこの子、こんな積極的に食べられようとするんだろう。


「もしもーし! お腹空いてませんかぁっ!?」


 お腹なんて空いてないし、僕はそもそも人間なんて食べない。生贄だって要求した覚えはないんだけど。


 そんなことを考えながら見下ろしていると、少女はむくりと起きた。そして、はぁ、と大きくため息をつく。


「また駄目かぁ……」


 そう呟いて、しょんぼりと肩を落とす。


 彼女がこうして『食べられ』に来るようになったのは、ほんの数日前からだ。ある日突然始まって、それから毎日こうしている。


「天におられる白金様。なんとしても白金様に食べていただかないと困るんです」


 恨めしそうに天を仰いで、眩しそうに目を眇める。


「ハッ、もしかして死んでる方が食べやすいのかな? よく考えたらあたし達だって、生きたままは食べないわけだし!」


 そうかそうか、そうかも!


 そんなことを言って、少女は、ぴょん、と祭壇から降りた。


「待っててください白金様。いますぐ刃物を研いで持ってきます! 大丈夫、ちゃんと血抜きしますから!」


 ちょちょちょ! ちょっと待って!


 なんてこと言い出すんだこの子は! 何一つ大丈夫じゃないでしょ!


 いつもいつも祭壇に寝転んで「食べてください」と叫ぶだけだったから、今日もほっときゃ諦めて帰るだろうと静観していた結果、とんでもないことが起きようとしている。


 人間達は皆、勘違いをしている。

 僕はそんな大層な天竜の『白金様』ではない。


 いまから三百年くらい昔、僕はもともとただの白蛇だった。

 だけどたまたまそれがその土地の人間にとって『神聖な生き物』という扱いだったらしい。それで、そこの長老だか何だかが、余計なことを言ったのである。


「この白蛇を大切に育てて、この土地の守り神にするのだ」


 それで、僕は立派なお社に祀られ、御馳走を与えられた。そうしているうちに、本物の神様が哀れに思って下さったらしく、僕を大きな竜にしてくれたのである。


 お社をめりめりと破壊し、僕は空高く飛び上がった。実に百年ぶりの外だった。ただの白蛇が百年も生きるわけがないから、たぶんそもそも僕はちょっとだけ特別ではあったのだろう。


 とにもかくにもそういう経緯で、僕はただの長寿な白蛇から天翔ける竜になったのである。真っ白の鱗が、太陽の光に反射したのがまるで白金しろがねのように見えたらしく、それで僕はただの『白蛇様』から『白金様』になったのである。


 が。


「僕は生贄なんて望んでない!」


 何で?!

 いままでは、お饅頭とかだったじゃん! 正直なところっちゃすぎて味もわからないし別にいらないんだけど、むしろそっちで良いし! ていうか僕、この姿になってからは霞とか吸って生きてるからね?! ていうか、何でいきなりこんなことになったの!? 一旦僕に話し通そう?


「こうしちゃいられない!」


 とにかく、あの子を止めなくちゃ!

 これで本当にあの子が死んじゃったとして、放置するのもアレだしな、って僕が気を利かせて片付けたりなんかしたら「そうか、生きてるやつじゃ駄目なんだな」ってそういう解釈になるんでしょ!? 次回から死体が捧げられちゃうんでしょ?! かといって放置も出来ないし!


 これでも約二百年『白金様』として崇められてきた僕だ。村人達の祈りのお陰でそれなりの力を持つようにはなってる。なろうと思えば人の姿にだってなれるのだ。仕方ない、人の姿になって、どうにか説得して、帰ってもらおう。


 どんな姿が良いかな。警戒されないように、同性の方が良いかもしれない。それで、たぶんあの子より年上の方が良いだろう。人間って上下関係を大事にするし。


 よし、それで行こう。

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