14.フラワーガーデン①


     14 フラワーガーデン


 5月2日。

 連休2日目は深夜のショッピングモール探索に費やした冒頭4時間で実質終わってしまった。コンビニで朝食を食べた後、僕と永井は泥のように眠り続けた。昼に一度目が覚めて永井はカレーの残りを平らげてしまい、僕は痛む身体をどうにか動かして掃除と洗濯だけは済ませた。それからまた気絶したようにソファで眠った。あれだけ恐ろしい体験をしたというのに悪夢の類はみなかった。ただ、とにかく疲れていたのは覚えている。


「ねえ、これからどうするの?」


 永井が唐突にそんなことを言ったのは夜の7時のことだった。


「えっ?」


 ピーラーで人参を剥きながらリビングでテレビを見つめる永井の方を見る。腹をすかせた永井に6時過ぎに叩き起こされた後、僕らは近所のスーパーに買い出しをした。母さんからもらった1万円を喪ってしまったので弁当や総菜を買うのは厳しい。少しだけ考えた末にカレーをもう一度作り直すことにした。元々永井がいなければ連休の大半はカレーでもたせるつもりだったわけだし。


「ええー、カレーはもう飽きたんですけどー」

「同じじゃない。次は肉無しの野菜カレーだ」

「はあーっ!?」


 よほど肉無しはイヤだったのか、永井は頼みもしないのに肉売り場から肉を持ってきた。しかも、牛の切り落としである。


「牛肉はカレーに全部使うけど、違う食べ方がいいのか?」

「???」

「それとも耳たぶもカレーの中に入れるのか? 今すぐはちょっと…………な。約束を破る気は毛頭ないけど、もう少し覚悟を決めてから、だな」


 永井は不可解な顔で僕のことを見つめていたが、僕が勘違いをしていることに気づくと憎々しげに僕を睨んだ。


「そんなことはどうでもいいわよっ!」

「???」

「だから、犯人を探し出すのか、てハナシ!」


 驚きのあまり人参が手元からするりと抜け、危うく指を切るところだった。というか、「どうでもいい」はあんまりだろう。こっちとしては結構重い選択肢だったのだが…………。


「犯人…………」


 その言葉を改めて口に出してみると急速に口の中が乾いていくように感じた。


「というか、見つけられるのか?」


 僕はそう言うと永井はにやにやと実に嫌な笑顔を浮かべた。関わりたくないと顔に出ていたのだろう、機先を制するように永井を言葉を継いだ。


「被害者がまた出るけどいいの?」

「また…………?」

「ちなみに5年前ね。今の形にリニューアルオープンしたばかり頃だったから結構話題になってた。ネットに記事もたくさん残っている」


 …………5年前にも同じような行方不明事件?

 永井の趣味は都市伝説や怪談を調べることだ。あの大昔のアクションゲームの迷宮めいたウワサを知っていれば、その背景となった事件も当然知っているはず。


「まさか」


 嗜虐心を心地よく刺激された永井は僕のことを面白そうにねっとりと眺めた後、いかにも素っ気ない調子でソファから立ち上がった。


「お風呂入ってくる。ちなみにメロスの耳たぶはちゃんともらうからね。利子もちゃんとつくから早く返さないと大変なことになるわよ」


 思考がぐらつく僕のことを情け容赦なく放り出して、永井は浴室の中に消えていく。そして、素っ頓狂な調子の歌がシャワーの音に混じって聞こえてきた。震える手で人参をもう一度手に取るとその歌がとあるアニメの主題歌であることに気づく。


「…………犯人」


 あの水子の骨は紙コップに入れたままリビングの棚に置いたままだ。さすがにここに置いていくわけにはいかないのでどこか景色の良い公園に埋めようかとうっすら考えていた。

 血も凍るような体験ではあったが、晦虫そのものは御伽話のようにシンプルにわかりやすいものだった。あれはこの世の悪そのものであって人間と決して相いれないモノ、現実と非現実という明確な線引きをすることができた。

 数か月前の、今ではひどく過去のように思える記憶が痛み出す。

 僕はまたあの過ちを繰り返そうとしてるのではないか?

 永井はそんな僕の迷いを嘲笑うように歌い続けていた。

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