10.クラヤミの王③
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
「荳榊袖縺」
晦虫はかぶりつくのを一旦止めるとストローを口に含んで口の中を潤す。
「はあ、はあ、はあ、はあ…………」
まだ…………僕は生きていた。
涙も涎も鼻水もおよそ人体の穴から出るものは全て溢れ出ていて、自分の身体の中にこんなにも臭いものが詰まっていた事実に愕然とする。人体、いや、生命というものはなんて穢れているのだろうか。
激痛は未だに続いている。痛覚のスイッチをオフにしたくてたまらないのに脳は警告信号を出すことを止めてくれない。暗闇のなかをのたうち回り、痛みの元を取り除こうと手を夢中に伸ばすが、冷たい闇を虚しく掴むだけだった。
しかし、そんな状態でありながらも自分の足や手がまだ存在していることを知った。目も見えるし、嗅覚もある。外傷らしい外傷はせいぜい無意識に舌や唇を噛み切っていたことぐらいか? じゃあ、この痛みはどうして?
ふと、奇妙な音がすることに気がつく。
それは金属音のような、信号をそのまま音にしたような、とにかくキーンという音が強烈な痛みの奥で響いている。
まさか。
祈るような気持ちで左の耳に触れると、何もなかった。
永井にあげるはずの耳たぶもろともきれいさっぱりこの世界から消失していた。
「――――――っっっ!!!」
ケモノのような叫び声が自分の喉から漏れる。
痛みの正体を知ったことで痛みの強さは加速度的に高まっていく。
「痛い痛い!」
耳ひとつでこんなにも痛むのなら手や足や顔や内蔵が無くなったらどんなことになるのか?
晦虫は人の精神を喰らうと永井かふかは言った。故に身体が直接傷つけられたわけではない。これは僕の心が感じている幻に過ぎない。
しかし、逆に言えば、精神が死ぬまで死ねないということだ。
その事実に気がついた僕を暗闇と同一化した瞳が面白そうに見つめている。
「…………い、いやだ」
手がリノリウムにうず高く積もった埃を掴むと身体を遺して逃げようとする。重たく、うすのろの身体がいかに邪魔だと言わんばかりに。
突然、足が何かに掴まれると後方に引きずられていく。砂と油まじりの埃が躊躇なく口の中に入り、形容しようがない不味さで胃の中が逆流を起こす。
鼻と鼻がくっつくような眼前に女の子の顔があった。
驚くべくことに彼女の意識はまだあった。虚ろなまま僕を見つめている。晦虫が新鮮な恐怖を喰らうために意図的にそうさせているのだろう。
暗闇の唇が不意に歪むとストローの中の黒い塊が逆流し、女の子の中に戻っていく。そして、女の子の瞳に光が灯ると僕のことを認識した。
「たす、けて……」
小さな手が伸びると温かく柔らかな感触が僕の頬に触れた。
「むりだよ、むりだ…………」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を左右に振って僕はその手を振り払う。しかし、その手は離れない。必死にしがみついてくる。
「たすけて、たすけて」
「無理だ!」
女の子の後ろでくつくつと喉を鳴らす音が聞こえる。見上げれば、半月となった眼が愉悦の色でギラギラと輝き、ストローの中から再び湧き上がる黒い塊を吸い上げている。
どうやら不味い僕を直接食べるのではなく、女の子の恐怖や憎悪を搾り出すための道具として利用するらしい。
「ちくしょう、ちくしょう…………」
悔しさと憎悪で心が燃え上がる。
「ころしてやる」
殺意を込めて睨みつけるが、暗闇に潜む巨大な影は一顧だにしない。ただ、虫よりも愚かな弱者を嘲笑いながら観察するだけ。結局、僕の行為は全く無駄だった。それどころか、女の子をより長く苦しめるだけの害悪でしかなかったのだ。
誰か、誰か、誰か僕を殺してくれ。
怪物の餌にすらなれない役立たずの僕を―――。
「殺してあげようか?」
永井かふかがいた。
「ねえ、メロス? 今、どんな気分? 助けてほしいのに、手を伸ばしているのに、目の前の相手はただ見つめているだけ。自分は無関係と思い込んで観客席にいる特権を無意識に享受している」
いつの間にか開いていた扉から漏れる非常口誘導灯の光。冥界じみた緑の光に照らされて永井かふかの顔が歪む。それは人間も晦虫もこの世のありとあらゆる生きとし生けるモノを嘲笑う―――傲慢で、強欲に渇望し、嫉妬に満ち満ちて、怒り憎しみ、淫媚でいやらしく、貪るように喰らいつくし、それでいながら怠惰で虚無的―――、人間が否定すべきおよそ全てがそこに表れていた。緑光が結ぶ永井かふかの巨大な影絵めいていて、まさに悪魔か魔王そのもの、だ。
「私はメロスの気持ちがわかるよ。安全地帯にいるのってこんなにも気持ちがいいことなのね。ありがとう、メロス。おかげでサイコーの気分だよ」
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