第6話 裏側で

 毎度思うけどこの椅子、座り心地は良いけど派手すぎるよなぁ。


 皆が僕のために用意したなんか玉座っぽい椅子に腰を落ち着けながら、どこか居心地の悪さを覚える。


 用意してもらった身としては言い難いけど、僕としてはもっと庶民っぽいものが好みだ。


 ……まあ、今はそんなことどうでもいいか。


 現在、僕たちはいつも会議に使っている部屋へ場所を移し、長机を囲むように座っている。


 なんか漫画やアニメとかで悪の組織がやってそうな形だ。

 

 館を買った当初に雰囲気出るかなと思って僕がセッティングしてみた。ここだけの話、実は結構気に入っている。


 まあ今はこの場には僕を含めて四人しかいないからあんまり格好はつかないけど。生憎と他のメンバーは王都の外へ出払っているので仕方ない。


「前置きはなしだ。本題から入るぞ」


 真剣な表情の三人を前に厳かに告げる。

 ここ最近は皆、僕が言うことに対して疑問を持ったりしないんだよね。


 その情報どっから手に入れているんだとか、本当に正しいのかとか訊いてこない。


 大体僕が出した情報をもとにどう行動するかという話にすぐに移り変わる。


 僕としては言い訳を考えなくて済むからやりやすくていいんだけど……いや、やっぱり信頼の重さが浮き彫りになってるみたいでちょっと嫌かも。


「おそらく、近いうちに学院が魔族に狙われる。……いや、正確には勇者が狙われると言った方が正しいか」


 実はメインシナリオ開始から初めに直面する学院襲撃イベントが間近に迫っている。


 僕とミレアが学院に合格していた場合、これに居合わせることになるのだ。


 僕たちは本来なら学院に居ない人間だから、何もしなくても問題なく原作通りに事は運ぶとは思う。


 しかし、せっかく原作知識を持っているんだ。


 これを活かさない手はない。

 ここで最大限のリターンを得る。


「仕掛けてくるのは六界将のひとり、『遊覧』のゾーダ。まあ、奴自身は姿を現さないだろうが」


 六界将は魔王直属の六人の精鋭のことで、いわゆる四天王的な存在だ。


 さすがにこんな序盤からそんな幹部クラスと戦うようなことはなく、ゾーダが引き連れてきた魔物たちが学院を襲う。


 ちゃんと段階を踏んで敵が強くなっていくのはRPGのお約束ってやつだ。


「六界将とは……大物ですね」

「ゾーダは『転移』の魔法を使えるからな。多少の制限があるとはいえ、これほど奇襲に適した存在もいないだろう」


 転移で魔物を連れてきて学院を襲撃させ、本人は別の場所でその様子を観察するという寸法だ。


 それで用が済んだらひっそりと『転移』で立ち去ると。


 ゲーム内でもこのイベントはゾーダの姿を確認することなく終了する。


「それで、リーダー。俺たちは何をすればいい」

「なんでもやるよ!」


 作戦……というか役割はもちろん事前に考えてきた。

 その場でポンと最適な答えを返せない自分の頭脳が恨めしい。


「学院には魔物が襲ってくるはずだ。リナリアとマルケスは結界を張って姿を隠しつつ、生徒に危険が及びそうなら介入しろ」

「分かった!」

「ああ、任せな」


 リナリアは結界魔法の達人だ。


 周囲から姿を隠す結界などを張れるので、潜伏には非常に向いている。


 このイベントで誰かが死んだという記憶はないけど、万が一のときの保険だ。二人いれば被害は確実にゼロで抑えられる。


「ミレアは手が足りなくなるまでは待機だ。状況を見て自己判断で動け」

「かしこまりました。ということは、アリオン様はおひとりで?」

「リーダーに限って万が一なんてないだろうが……確かに誰かひとりくらい連れてってもいいんじゃないか」

「いや、ゾーダは『転移』を持っている。複数で行けば警戒してすぐに逃げるかもしれない。確実に討つなら俺が単独で動くのが一番だ」


 相手も精鋭。


 敵地の只中というのもあって油断はないだろう。

 どれだけ気配を殺したところで接近にはまず気付かれる。


 それに僕はゾーダにとってだ。


 相手が『転移』を持っていないなら複数で行ってもいいと思うんだけどね。


「何も問題ない――俺がゾーダを討つ」


 ここで魔王軍の戦力を削って、ベイルに確実に魔王を倒してもらおう。



◇◇◇



 あれだけ堂々と宣言した手前試験自体に落ちていたらどうしようと思ったけど、無事に合格していた。


 ミレアも問題なく合格していたのでここまでは予定通り。


「皆さん初めまして。私がこの学院の理事長を務めさせて頂いているシンディ・ベネクトです」


 今はホールのような場所に集められて入学式の最中だ。


 壇上では長い黒髪に赤目の美女が堂々とした立ち振る舞いで演説をしている。


 そう、この学院にはメインキャラクターである彼女がいる。


 シンディ・ベネクト、王国随一の魔法使いであり『教会』が誇る最高戦力のひとり。


 ベイルの師となる人物でもある。


 正直、シンディひとりでここの防衛は問題ない。

 そこらの魔物程度では彼女に傷一つ付けられないはずだ。


 ミレアたちもいることだし、心配するべきは僕自身の方だろう。


 ……さて、そろそろかな。


「皆さんはこの場で大いに学び、育ち……」


 すらすらと続いていたシンディの演説が、突如ホールを襲った振動によって途切れる。続いて、耳を聾する雄叫びがその場に響き渡った。


 建物の壁面を破壊して登場したのは捻れた二本の角を持つ猛牛、ミノタウロスだ。その後ろからも色々な魔物が我先にとホール内へ侵入してきている。


 あまりに突然の出来事。


 ただ、ずっとこの時を待っていた僕に驚きはない。


「ま、魔物だぁぁぁぁ!!!」


 生徒の誰かが叫ぶと同時に動揺が波のように広がっていく。


 その隙に気配を消し、ホールから素早く立ち去る。このタイミングなら生徒ひとりの姿が消えようが誰も気付かないはずだ。


「さて……」


 周囲に人がいないのを確認して『再構築』を使用。


 制服の構造を変え、漆黒のローブを身に纏う。あとは予め縮小化して持っていた仮面を元のサイズに戻して、お手軽一秒変装の完成だ。


 この魔法、やっぱりめちゃくちゃ便利。


「早いところゾーダを見つけ出さないと」


 学院の外へ出ると、首謀者を発見するべく駆け出した。

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