第5話 お転婆ってレベルじゃないよね
整然と並んだ王都の街並みを夕焼けが染め上げる。
田舎から出てきたばかりの頃は目を輝かせた光景も、今ではもう随分と見慣れてしまった。
試験を終えた帰り道。
ベイルとローニャは二人肩を並べて歩いていた。
「それで、手応えはどうだった?」
「模擬戦には問題なく勝てたし、筆記も及第点には届いてるはずだ」
話題はもちろん試験のことについて。
特に目立つような失敗はなく、結果は上々と言えるだろう。
ベイル本人としてもこの半年間で積み上げた実力を発揮できた自信がある。
しかし、
「じゃあ、どうしてそんな浮かない顔してるの」
「……やっぱり分かるか?」
「何年の付き合いだと思ってるんですかー」
ジト目でベイルを見るローニャの意図は明確で、抱えている不安の種を早く明かせと急かしていた。
この幼馴染には敵わないなと苦笑を漏らし、ベイルは記憶を探る。
――思い出されるのは、どことなく気だるげな雰囲気を纏っていた黒髪黒目の平凡な少年。
間違いなく自分自身の手で勝利したはずの相手だ。
「今日の模擬戦、それがちょっと気がかりでさ」
「でも勝ったんでしょ?」
「ああ、それはそうなんだけど……なんて言うかな。なんで勝てたのか分からないって言えばいいのか……少し違和感があるんだ」
ローニャは要領を得ない語り口に眉根を寄せる。
「相手が手を抜いてたってこと?」
「いや、真面目にやってたと思う。少なくとも俺が見た限りでは」
木剣による攻防の最中の表情は必死そのものだったし、余裕というほどのものは感じ取れなかった。
あれが演技だったというのなら大した役者だろう。
「つまり……根拠のない勘?」
「まあ、そういうことになる」
「…………」
じーっと突き刺さる視線が痛くて、ベイルはたまらず顔を逸らした。
自分でもおかしなことを言っているという自覚がある。
確証も根拠も何もないただの自分の中の感覚だ。
それでも、拭いきれない違和感が今もベイルの中で居座っている。
「ま、今考えても仕方ないことは考えない! 私たちだって、本当に合格してるかは分かんないんだし」
「……それもそうだな」
得体の知れない不安をかき消すように、ベイルは剣の柄を強く握った。
◇◇◇
王都の郊外にひっそりと建つ洋館、それが僕たちの活動拠点だ。
王都に来た当初は宿屋を利用して活動していたのだが、配下が増えるにつれ不便……もとい問題が多くなってきたので一年ほど前に意を決して購入した。
お値段、なんと100万ゴールド!
場所にもよるけど宿屋の値段が大体500ゴールドであることを考えると、その高額さを理解してもらえるだろうか。
胃を痛める日々の中、頑張って溜めたお金で購入した夢のマイホームである。
その道のりは容易いものではなかった。達成したときにはミレアたちに隠れて自室でひっそりとガッツポーズをしたものだ。
うぅ、今思い出しても泣ける話だ。
……で、試験から帰ってきたらそんな夢のマイホームの居間が半壊していた。
「リーダー、悪いが俺にはもう手に負えんよ。あのお転婆エルフは年長者の言うことを聞きゃしないんだ」
惨状の中心に立つダンディなおっさんが、哀愁漂う立ち姿で白旗を上げている。
特徴的な茶色のくせっ毛は今はどこかしなびて見えて、覇気のない表情も相まって吹けば飛んでいきそうな儚さがあった。
かつて『人斬り』と恐れられていた男とはとても思えない。
……まあ想像通りと言ったら想像通りの光景ではあるんだけどさ。
僕の隣ではミレアが頭痛をこらえるように眉間を押さえていた。
うんうん、分かるよその気持ち。
ただ、今の僕は絶対的指導者モード。
ここはクールにスマートに事態に対処しなければならない。
お願いですからもう少し大人しくしていてください。
「マルケス、リナリアはどこだ」
少し低い威厳のある声を意識しながら、両手に持った白旗をひらひらとさせているマルケスを問いただす。
「多分、暴れ疲れて自室で休んでると思うぞ」
「そうか、ついてこい」
ミレアとマルケスの二人を伴って、この惨状を引き起こした張本人であるリナリアの自室へと向かう。
何もリナリアの癇癪は今に始まったことじゃない。
その度に思うんだけど、あの子は本当にエルフなんだろうか。
理知的で森を愛する賢人というのが創作物から得た僕のエルフのイメージだ。
だけど、リナリアはお世辞にも理知的とは言えない。出会ったときも騙されて奴隷にされかけていたし、気に入らないことがあるとすぐ態度に出る。
直情的で短絡的、これ以上にリナリアを表す言葉もないだろう。
ただ、別にそれが悪いことだとは僕は思わない。
直情的なのは裏がないと考えれば美徳だし、短絡的なのは……うん、そこはもう少し直してほしいかも。
悪い子ではないのは間違いないのだ。
まあいつも割を食ってるのがマルケスだからそう思うだけかもしれないけど。
何かと不憫な男だ。同情するよ。
対応を押し付けてるのは僕なんだけどね!
「リナリア、いるか?」
部屋の前にたどり着き、扉越しに声をかける。
すると、中から何かが飛び起きたような大きな物音が響いたあと、凄まじい勢いで扉が開いた。
うんうん、危ないからゆっくり開こうね。
僕らは最初から扉から離れていたので被害はない。
「おかえり、ご主人!」
開け放たれた扉から銀髪のエルフが突進に近い勢いで僕へと向かってくる。
僕はリナリアを避けることはせず、しっかり正面から受け止めてみせた。
僕が鍛えてなかったら今頃二人共壁に激突してるとだけは言っておこう。
「ああ、今戻った」
「本当は私も一緒に行きたかったけど、ちゃんと拠点で待ってたよ!」
銀色の瞳が偉いでしょ、褒めて褒めてと言わんばかりの輝きを放って僕を見上げてくる。
エルフだけあってかなりの美形なので、その行為の破壊力は凄まじい。
並みの男ならこれで一発だろう。
ちなみに僕は見慣れてるので効かない。
「ん……?」
なんだか背筋に寒気が走るのを感じる。
第六感に従うままに首を動かして隣を見ると、そこにはミレアの姿。
いつも通りの無表情で彼女は佇んでいる。
ただ、そこはかとなく圧を感じるのは僕の気のせいだろうか。
……いや、僕には分かる。今のミレアは不機嫌だ。
「どうかしましたか?」
「いや……気にするな」
どうして表情を変えずにそこまで威圧感を出せるんだろう。
何かコツとかあるのかな。
「色男だねぇ、うちのリーダーは」
余計な一言への牽制の意味を込めて、マルケスを軽く睨んでおく。
藪をつついて蛇を出す必要はない……。
僕は引き攣りそうになる表情を必死に抑え、リナリアに視線を戻す。
やっぱり他の配下の手前、誰かひとりを甘やかすのはよくないよね!
組織において規律というものは大切だ。
動揺を誤魔化すように咳払いをひとつ。
「リナリア、居間の破壊はお前の仕業だとマルケスから聞いた。間違いないか?」
正直訊くまでもないことなんだけど、やはり話のすり合わせから入るべきだ。頭ごなしに叱りつけるのは上に立つ者として良くない。
僕は出来る指導者を目指しているのだ。
……まあ動揺からかリナリアの目が泳ぎまくってるから、答えは言葉にしてもらうまでもないけど。
目は口ほどに物を言うとはこのことか。
「ごめんなさい……」
シュンと肩を落とし、僕に抱きつく力が弱まる。
どうやら反省しているようだ。
自分が悪いと思ったらすぐに謝れるのは良いことだと思うよ。
「分かっているなら構わない。それと、もう少しマルケスの言うことも聞いてやれ」
後ろから小声で「そうだぞー、おっさんには優しくしろー」と悲しい声が聞こえてくる。
強く生きてくれ、マルケス。
さて、と。
「――少し話がある」
弛緩していた空気を引き締めるように手を叩く。
ここからは真面目な話だ。
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