第11話

 翌日、お祭りの会場設営に精を出すルミカの元を訪れた私とクレハは、昨夜のお詫びもかねて設営の手伝いを申し出ていた。


 宣言通り、ルミカが根回しをしてくれていたのか、皆クレハのことを受け入れてくれて、快く手伝いの申し出を受けてくれた。


 相変わらず狐の面はつけたままだが、一生懸命物品の移動をしているクレハの姿を見ていると、私としても遺恨が残らずホッとした気持ちになれた。


「はい、どーぞ。今日は暖かいですから、熱中症には気をつけてくださいねー」

 小休憩で運営テントのベンチに座っていた私とクレハに、ルミカが冷たいお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう。みんなすごい熱気だね。こっちにまでやる気が伝わってくるようだよ」


「アウスレーゼフェスはエピフィルム各地から観光客が訪れますからね。宣伝のためにみんな気合が入ってるんですよ」

「そうなんだ。ステージも用意されてるみたいだけど、有名な人がくるのかい?」

「ええ。今年はちょっと予算を多めに出して、今をときめくアイドルに来てもらうことになってるんです。ちびっ子に向けてヒーローショーもやりますよ」


「ヒーローショー!」

「お、興味ある感じですか?」

「そういったものは動画でしか見たことがなかったからね。生のものを見てみたいね」

「今日の夜18時から開始なので、よかったら見ていってください」

「絶対行く!」


 セリアに頼んでスケジュール帳の18時にヒーローショー鑑賞と加えてもらう。


「クレハちゃん」

 ルミカがそう声をかけると、クレハは僅かにビクリとした。まだ、昨夜の件を引きずっているのかもしれない。

「お祭り、楽しめてますか?」

「楽しむ、ですか……?」


「はいです。お祭りっていうのは、始まる前からお祭りなんですよ。みんなが一緒になって、素晴らしいものを作り上げようと意識を一つにする」

「そうですか。ですがわたくしは……」

「クレハちゃんも、そのみんなの一人なんですよ?」

「わたくしが……?」


「もちろん! だから、クレハちゃんも楽しんでくれると嬉しいなーなんて」

「ふふ、そうですか。では、わたくしも楽しませていただきます」

「はいです!」


 そんな二人のやり取りを、私はニコニコしながら見守っていた。

 これこそが私が見たかった光景。学生達が学生同士ぶつかり合い、わかり合い、共に成長する。私の役目は、それを後押しするだけだ。


「む。貴方様、なにを笑っていらっしゃるんですか?」

「ん? 青春だなーって思ってね」

「もうっ、からかわないでください。わたくしは真剣に思い悩んでいたのですよ?」

「悩むのも青春さ。さ、そろそろ休憩は終わりにしてもうひと踏ん張り頑張ろっか!」


 そして迎えた夜。いよいよアウスレーゼフェスが開始されようとしていた。


「皆様お待たせいたしました! アウスレーゼフェス開幕まで残り10秒とちょっと! 私と一緒に開幕までのカウントダウンをしましょう!」


 ステージ上では、運営委員の子が開幕を知らせる電光掲示板の前に立ち、その時を集まった皆と迎えようとしていた。


「準備はいいですかー! いきますよ! 3、2、1……アウスレーゼフェス開幕ぅ!」


 宣言と同時に夜空に大輪の花が打ち上がる。

 祭りの終盤にも花火大会が控えているということもあり、発射された花火の数は少なかったが、その分大玉を使用しているようで、これだけでも十分見応えがあった。


「いよいよ始まったね」

「ええ、そうですね」


 普段から着物を着用しているクレハだったが、今回の祭りに合わせて浴衣を新調したようで、藍色の艶やかな浴衣を着ていた。


「いつの間に浴衣を用意したの?」

「今朝です。お祭りをやるということでしたので、必要になるかと思いまして。その、似合っているでしょうか?」


 言いながら、彼女はトレードマークでもある狐の面をそっと横にズラして私の様子を伺った。

 半分ほど見える彼女の素顔には、僅かばかりの照れが見え隠れしており、それがまたいじらしく感じた。


「うん。とっても可愛いよ」

 そう答えると、彼女は恥ずかしそうにお面を元に戻してしまった。

「貴方様のために新調しましたので、そう言っていただけてよかったです」

 クレハはそっと私の手を握ると、

「はぐれてしまってはいけないので……」

「そうだね。今夜はめいっぱい楽しもっか!」


 お祭りといえば、の屋台飯。焼きそばにイカ焼き、りんご飴に綿菓子、チョコバナナ。

 そういったものを楽しんだ後、


「見てみてクレハ! エイリアン丼だって! どんなやつなんだろう!」

「もうっ、貴方様。また食べ物ですか? 目につくもの全部買っていてはお腹がはち切れてしまいますよ?」

「いやあごめんごめん。見たことないものばかりだから食べてみたくて」


「まだステージ近くのお店しか見ていませんので、少し我慢して他の場所を見てみませんか? もっと美味しそうなものがあるかもしれませんよ」

「そうだなあ。でも、ヒーローショーが後1時間くらいで始まっちゃうから、あんまりステージから離れると見れなくなっちゃう」


「でしたら、お化け屋敷にいきませんか? ステージからも近いですし、ちょうど終わってから食事を買ったらショーに間に合うのではないでしょうか」

「お化け屋敷か、いいね! 行こう!」


 お化け屋敷もまた、特設会場を利用した出し物の一つであり、外観から相当気合が入っているのがわかる。

 血糊でスプラッタなメイクをした受付の学生に料金を払うと、足元を照らすようのランタンが渡された。懐中電灯ではなくランタンというところに趣を感じる。


「屋敷の中は真っ暗になっていますので、こちらのランタンで足元を照らしながらお進みください」


 見た目に反して丁寧な物腰で話してくれる彼女にギャップを感じつつ、話しを聞く。

どうやら吸血鬼が眠る屋敷に宝物を探しにきた探検者、というのが私達の設定らしい。


「屋敷内には探検者の皆様の行く手を阻む様々なトラップがございます。探検者の皆様におかれましては、その持てる頭脳をフルに使ってトラップを突破してください」


 さしずめ気分はインディージョーンズといったところだろうか。


「また、屋敷内では道中、皆様に敵意を持った吸血鬼が現れます。彼らを倒すにはこちらの聖水入りの銃を使うしかありません。しかし、弾数は6発ですのご注意ください」


 リボルバー型の銃を手渡される。ずっしりと重いそれは、どう見ても本物にしか思えなかったが、聞くところによると高性能な水鉄砲らしい。


「それでは探検者の皆様、無事宝物を発見できるようお祈りしています。どうぞ、いってらっしゃいませ……」


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