第11話 主導権
「おはようございます」
文佳ちゃんは上流階級の人間だ。手足はスラリとして、顔もめちゃくちゃ整っている。自分でも風呂上がりに鏡を直視できないほどだ。
だからこそ、挨拶は生前より丁寧に、優雅にしないと違和感が出てしまう。
そんな渾身の挨拶だったのだが、教室の喧噪に紛れて、流れていった。
「今朝、先生たち校門にいなかったけどなんで?」
「太志のお母さんが職員室に入って行ったの見たよ。それじゃない?」
「え? 何? 新展開きた?」
「昨日、純也がまた殴られたらしいぞ。昨日ボコボコにされて保健室に連れて行かれるの見たって」
「あいつら懲りないな。太志を体育倉庫に閉じ込めたのもあいつらって噂もあるし、やばいよな」
「シッ。あいつら来たらやばいぞ」
教室に満ちたざわめきに耳を澄ましながら、窓際の席に座る。気になる話題が飛び交っているが、まだ友達がいないので会話の中に入ることはできない。
「それがさ。純也殴ったの、密倉さんなんだって」
「あ、バカ。密倉さんいるよ」
「あ――」
せっかく挨拶したのに、気づかれていなかったらしい。声のトーンが下がって、僕からは聞こえなくなる。
そこで、イジメっ子たちが連れ立って教室に入ってきた。
「あ、いたいた。密倉さ~ん、昨日、あのゴキ……純也を殴ったんだって? 話聞かせてよ」
こいつら、今純也くんをなんて呼ぼうとした? 一瞬でイライラが最高潮に達する。
「――一閃……」
「痛っ! 静電気か?」
「俺も感じた。今のなんだ?」
こいつら悪霊に憑かれているんじゃないかと、試しに軽く一閃を放ってみたが、反応は薄い。つまり、このゲスい状態が彼らの正常なのだろう。
イジメっ子たちは黒いモヤ――呪詛にまみれて顔も判別できないままだ。
生前もクラスメートだったので、名前ぐらい覚えていそうなものだが、ぱっと思い出せない。
「まぁいいや。それで、なんで殴ったの?」
「俺たちもあいつにはイラつかされててさ~」
「人をイラつかせる天才」
「あいつにも殴られる原因あるよね」
4人は机を囲んで、次々に話しかけてくる。とても楽しそうに。
教室は、いつの間にかシンと静まり返っていて、みんながこちらに注目していた。
「そうですかぁ。イラついたら、殴ってもいいんですよねぇ?」
口が、勝手に動いた。まずい。ここでこんなことを言ったらターゲットにされる。僕にはこの身体を預かっている責任があり、危険にはさらせない。
「へ?」
止まれ、ごまかせ、このまま逃げ切るんだ。
「わたし、今とってもイラついたんです。だから――」
乾いた破裂音が、合計で4発。口どころか、身体まで勝手に動いて、イジメっ子全員にビンタをかましていた。顔の部分の呪詛が、ビンタに弾き飛ばされて晴れた。
「え? なんで?」
呆然とするイジメっ子たちの顔が、はっきりと見える。僕がさっきまで座っていた椅子が、立ち上がった拍子に倒れた。
「イラついたので殴りました。わたし、太志君が亡くなった日に公園で聞いてたんですよ? おばあさんに捕まって、あなたたちが『体育倉庫に閉じ込めた』って白状していたのを」
いきなりの暴露に、クラスがざわめいて、もう戻れない。なんだコレは。仁王立ちしている僕は、表情一つ自分で動かせない。
「な、なんで……」
僕の方が聞きたい。文佳ちゃんを巻き込まないように、慎重に外堀を埋めようと思っていたのに、これはありえなくないか?
(……ごめんなさい。我慢できなくて。でもちょっとこれ以上は無理みたい……)
フッと、身体の自由が戻ってくる。え、ここで? ここで主導権を戻されても、僕に何とかできるとは思えない。
「なんで? 言わなければ大丈夫だって――」
イジメっ子四人中、パニックを起こしたのは一人。
「バカ!」
他の三人が、パニックを起こした一人を教室の外に引きずっていく。確かあれは奥原くんだったか。イジメっ子の腰巾着だ。
時計を見ると、ホームルーム開始まで、三分をきっていた。
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