第4話 転性
「ああ、フミカ。良かった、良かった……」
目を覚ました僕は、ベッドサイドにいたとんでもない美人に抱きしめられた。顔は胸に埋まり、頬には美人の涙がしたたり落ちてきている。
「へ?」
もがく自分の腕が、すらりと細い。たるんでいた前世との落差に、思わず目を剥く。
「フミカ、どこか痛いところはない?」
美人に肩を掴まれて顔をのぞき込まれたので、僕は全身をペタペタと触る。そこで自分の胸が膨らんでいることに気がついた。
「え? えぇぇぇぇ、胸⁉︎」
喋ってみて、自分の声の高さにまた驚く。
「胸? 胸が痛いのね? 先生に伝えなきゃ!」
美人は、慌てた様子で病室から飛び出していく。
急に静まりかえった病室に、ばあさんと僕だけが残された。
「――転生には成功したようだね。ちなみにさっきのがあんたの母親だ。演技に無理があるのはわかってるから、細かいところは記憶喪失ってことで病院の先生とも話がついてる。安心しな」
少しだけ気まずい沈黙の後、ばあさんはボソボソと、しかしはっきりと聞き取れる声で説明してくる。
「ちょっとばあさん、転生先が女の子って聞いてないよ」
自分の身体を触っているうちに、なぜか照れくさくなってくる。
「もう男も女もないんだ。あきらめな。ただし、その子を冒涜するようなことをしたら、即座に除霊してやるからね」
ばあさんが怖い。が、手鏡を渡されて納得した。前世なら話しかけることすら敷居が高そうな、超絶美少女になっている。こんな子にイタズラ気分で悪さをしたら、ばあさんに何をされるかわからない。
「いいかい? あんたの役目はその子の身体と、母親を護ることだからね」
僕は素直にうなずく。女の子だったのはかなり驚いたけど、この子が護りたかったものを護ることが変わりないなら問題ない。
「うん。僕を盾にしてでも護るよ」
ばあさんはあきれた顔で、ぼくを見下ろす。
「そうじゃない。あんたは霊になっても自我を失わないぐらい霊力が強かったんだ。悪霊なんか吹っ飛ばしてやりゃいいんだよ」
ばあさんは手の中に、丸めた紙片を押し込んでくる。開いてみると、和紙でできた護符だった。なぜか薄く光っているようだ。
「このお札で吹っ飛ばせるの?」
「このお札は、霊体を安定させるものだよ。吹っ飛ばすのは、とりあえず見えるだろうから、最初は殴るなりなんなりすれば良いんじゃないかい?」
思ってたよりシンプルだった。それくらいならできるか。非力そうな腕だけど。
「フミカちゃんが目を覚ましたって!?」
ドタドタと足音がして、引き戸が勢いよく開かれる。飛び込んできたのは白衣のお医者さんだった。僕とばっちり目があった後、ばあさんとも視線を交わす。
ちょっと目を見開いていて、本当に驚いているらしかった。
「これはこれは……」
お医者さんの周りには、拳大の白っぽいモヤがフヨフヨと漂っている。一方、後から入ってきた美人、お母さんの周りには、指先ぐらいの大きさの黒いモヤが複数見えた。
目にライトを当てられたり、脈を取られている間に、お母さんにまとわりつく黒いモヤを何気なく掴む。掴めるモノなのか半信半疑だったけど、手の中でモゾモゾと動く感触が気色悪い。
「私の言葉はわかりますか?」
うなずきながら、強く握りこむと、プチっと黒いモヤが潰れた。よくわからないが、案外もろいらしい。
「まわりで、名前がわかる人はいますか?」
病室には4人しかいない。ばあさんとお母さんと、先生、僕だ。えっと知っている可能性のあるのは……
「おかあさん?」
手で指すフリをしながら、黒いモヤをもう一つ回収する。
「お母さんの名前は?」
プチっと潰しながら、少し慌てる。もう少しこの子の詳細を聞いておけば良かった。
お母さんと目が合う。潤んだ瞳で見つめてくる。
「……わかりません」
それを聞いて、お母さんは泣き出したけれど、初老の先生は笑顔でうんうんとうなずいてくれた。そういえば、記憶喪失という設定なんだっけ。なら知らなくても大丈夫か。
「自分の名前はわかるかい?」
反射的に『三門 太志』と答えかけてやめる。そう答えるのがまずいのぐらいはわかるが、ばあさんからこの子の名前すら聞いていない。
「……わかりません」
聞いておけばよかったと思いながら答えると、先生が頭をなでてくれた。おかげで少し落ち着く。
「うん。ちょっと記憶が混乱しているようだ。お母さん、ちょっと別室でお話良いですか?」
再び、お母さんと先生は病室を出て行った。
「――ところであんた。今呪詛を祓ったね? どうやったんだい?」
足音が遠ざかるのを待って、ばあさんが再び口を開く。
「え? この黒いモヤのこと? 握りつぶしただけだけど」
「へぇ。そうなのかい。平気かい?」
ばあさんは、ちょっと心配そうな顔をした。
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