第6話 呼び鈴
「・・・・それにしても、暑いな」
ここに来てから1年が経つが、夏の暑さは2回目。
「慣れないね・・・」
前に居た場所も暑かったがここは暑さの種類が違う。田舎だから買い物できる場所がたくさんあるわけでもなく、自動販売機なんて駅にしかない。
そこら辺の道に3台も4台もつらなってなんか置いてない。
「不便っちゃ、不便だけど・・・まぁ、静かなのはありがたい」
こういう田舎は人が少ないから顔をすぐに覚えてもらえる。大抵会うのはおじいさんやおばあさんで、若い人もそこそこ居るが、日中は皆仕事に出払ってるから、こんな身なりの俺は散歩してうろついていてもたいして怪しまれない。
(まぁ、所詮はじいさんとばあさんだから、記憶力がよろしくない。覚えられても次の日は大抵忘れられている・・・虚しいね)
「俺もいつか、ああなるんだろうな〜」
うちわを右手に持ち首元と顔をあおぎながら、本部からメールで送られてきた資料をあとで読もうと少し目を瞑った。
「さてと・・・冷たいコーヒーでも入れるかな」
朝起きて、外の空気を吸おうと一旦窓を開けたが、モワっとした空気が入ってきてすぐに閉じてしまった。かわりに冷蔵庫を開けて、昨日のうちに買っておいたコーヒーを透明なガラスのコップに注ぐ。
「眼鏡は・・・・どこだっけ」
独身で、子なし。
もうすぐ46歳で、普通なら肉体労働なんかもうやってられない歳だけどこれが仕事だから仕方ない。
彼女はいたことはあるが、それも随分と遠い昔の過去のこと。
「あったあった」
80代にもなればかけてることすら忘れそうだと、自虐気味に少し笑って、書斎と呼べるのかどうかも怪しいこの古臭い木の机の上にパソコンと、コーヒー、それと肌見離さず持ち歩いている命の次に大切と言っても過言ではない手帳を並べて置いた。
(今日は晴れ・・・・)
去年来た時の天候は何だったのだろうと手帳を読み返してみると、同じく晴れ。
当たり前かと、夏の空模様を窓越しに眺めて思う。
「一年前から特に変わった動きはなし・・・か」
本部に上げる報告書もなんら変化はなく、読んでいてもつまらないだろうなとコーヒーをすすった。パソコンを立ち上げている間、事件の経過を追った手帳を読み直して、心を落ち着かせる。
彼がここに居るのが分かったのはここ2、3年。当時は身代金目的かと思ったが、犯人からの音沙汰はまるでなく連れ去られてそのまま行方不明。
犯行が行われた時間帯は皆が寝静まってからだったため、目撃者もおらず。現場に争った形跡はなく寝ていたところをいきなり襲われた。
「・・・動機も分からないまま」
別の事件を追っていて、運良くたまたまここに辿り着いたのは幸運と言っていい。
「あっちの事件は・・・悲惨だったな」
ようやく立ち上がったパソコンのキーボードを叩いてログインすればそこから中身は全て機密事項だ。昨日メールで書いて送った報告書に一応目を通してから、本部からの返信と添付されている資料をダブルクリックして内容を確認した。
「・・・・」
いつまでこんなことを続けるつもりなのかとは思うが、長年こんなことをやっていると事件を解決するには尋常じゃないほどの忍耐力が必要不可欠というのを身をもって知る。
只々ひたすらに我慢。
我慢して、我慢してゴーの合図が出るまでひたすらに地に足をつけて耐えしのぐ。どっちに転ぶかも分からない終わりの見えない苦痛とも言えるこの時間を事件解決のために平気な顔をして過ごすことはある意味頭がおかしいと言えなくもない。
「・・・・・これはまずいな」
ピーンポーン
本部からのメールを読んで腕を組んだ俺は一瞬天を仰いだ。そしてちょうどその時、誰かが家の呼び鈴を鳴らす音が耳に入り、目を閉じて動きを止めた。
(・・・・・)
なんてタイミングだ。
もしかしたらずっと夜中は起きていたのだろうか。鳴らした人物はおそらく彼だろうなと予想はするが、念のためこちらは応答せずにそのままじっとして、本当に彼なのか確かめる。
呼び鈴が等間隔で鳴り、4回目の呼び鈴がなった時今度は立ち上がった。
「はいはい。今行きますよ〜」
リビングを出て廊下を歩き、1段降りてサンダルを履いてから玄関の鍵をあけてドアに手をかける。
ガラガラっ
「やぁ」
「おはようございます。相変わらず朝早いですね」
「いや〜、中々寝付けられなくてね、朝の3時からずっと起きてたよ」
「・・・・そうですか・・・それは・・・なんです?」
「ん?あぁ、君に渡そうと思って」
「・・・・スイカ?」
「そうそう」
そう言って手渡してきたのは小ぶりのスイカ。
一見何か意味がありそうに見えるがこのやり取りには深い意味はない。
「まぁ、この時間に手ぶらで来るとね。怪しまれるから。どこで見られてるかなんてわからないしね」
「・・・・おっしゃるとおりです。立ち話もなんですから中に入ってください」
「そうしようかな」
「どうぞ」
スイカを手渡されたあとは、そのまま彼を中に招き入れ玄関のドアを閉めてついでに鍵もかけた。自分だけ先にサンダルを脱いで段差をまた上がり振り返って声をかけようとすると、その人物は仁王立ちのまま動こうとしない。
「早速で悪いが、本題だ。連絡は?」
「はい。ちょうどさっき読みました」
「そうか・・・・」
声のトーンが変わり、さっきまでの和やかな雰囲気から一気にピリピリとした空気になる。立ち話ではなくせめてお茶を飲んでいけばいいのにと思ったが、そんなことを言う感じでもなさそうだ。
「それならいい。何かおかしなことがあればすぐに連絡しろ」
「もちろんです。ヘマなんかしません。ようやくここまで来たんです。早く本当の家族の元へ返してあげたい」
じわじわと湧いてくるような熱気が体を覆う。
相手の目を見て了解したとしっかりと頷いて、それから玄関に飾ってあるカレンダーに目をやった。
(・・・・今日は、7月・・・・23日)
「じゃあ私はこれで」
「え、もう行きます?お茶でも飲んで行かれませんか?」
「いや、結構」
どうせ断られると思って聞いたが案の定。
「分かりました。お気を付けて帰ってください」
「あぁ」
軽く相槌を打った彼はすぐに振り返って、俺が閉めた鍵をあけドアに手をかける。あっけなく用件だけ話してすぐに出て行くのはなんだか寂しいなと思ったその矢先、何故か動きをそこで止めた。
「・・・・1つ」
(ん?)
「言い忘れだ」
「・・・なんですか?」
ドアのほうを向いたまま少しため息をついたその人が出したのは静かな、でも緊張感を持った声。
「最悪の事態を、想定して動け」
「・・・・・」
しくじれば全てが無駄に。そんなことは分かっている。でも今回ばかりはこちらの分が悪いのもあって大っぴらに動くことはできない。そして本部からのあの連絡。
(・・・・・)
振り返らずに言った上司の言葉の重みに久しぶりに生唾を飲み込んだ。
「下手したら全員死ぬぞ」
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