76. サタンフォース vs ノーイヤーズ

 夜。ギャング蔓延るこのローグル市では、一部の場所を除き、人々は息を潜めるように家の中に閉じこもる時間だ。当然、人通りは少なくなる。だが、今は多くの人影が激しく動き回っていた。


 二つの陣営に分かれて退治するのはギャング。怒声と銃声。GTBでは久しく失われていたギャング団の抗争が、ここ数日は連続して発生している。その中でも、一二を争うのが、サタンフォースとノーイヤーズである。


「おらぁ、根性見せろよ! 魔王様が見ているぞ!」

「押せ押せ! 魔王が出てくる前に片付けるんだ!」

「なぁに、あの人が出てくるんなら好都合だ! 俺が目に物見せてやるぜ」


 今、俺の目の前で、サンタフォースとノーイヤーズが銃撃戦を展開している。他人事のように言っているが、なんとサタンフォースは俺のギャング団なのだった。


 率いているのはドグとバーク。以前、服屋で手下にしたNPCである。ヤツらは意外にも優秀だったらしく、NPC団員を次々に増やし、サンタフォースを一大勢力へと押し上げたのだ。


 ちなみに、対するノーイヤーズはほーいちがボスのギャング団だったりする。


 カジノで全敗を喫し、追い出されたのは1週間ほど前になるか。本来ならば、カジノ襲撃で資金を集めるつもりだったのだが、その予定は取りやめになった。


 顔と名前を覚えられてしまったことが中止の理由である。カジノの客の中に俺を『フライパンの魔王』と知るプレイヤーがいたのが原因だ。それがNPCにも伝わったらしく、カジノからは出禁。近づくだけで警戒されるようになった。しかも、他のカジノにも共有されているらしく、不意をついて襲うことができなくなったのだ。


 ただ、それで困ったかと言えばそうでもない。資金は充分に集まったので、そもそもカジノを襲う必要もなくなった。俺は全敗したが、リリィ、ユーリ、ウェルンは大勝ちしていたからな。特にウェルンは全額ベットを繰り返していたので、最終的にとんでもない額を稼いでいる。そりゃあ、カジノを追い出されるって話だ。


 加えて、多額の資金提供があった。提供してくれたのは、ウェルンの配信チャンネルのリスナーたちだ。カジノ騒動のときの配信が話題になって、こちらに興味を持ったらしい。新規プレイヤーも多いが、半分引退していたようなプレイヤーたちもいた。ソイツらが、運営費をカンパしてくれたわけだ。


 いわゆる、ウェルンのファンプレイヤーである。ウェルンのもと……つまり、俺たちのギャング団に入るかと思いきや、大半は別の道を選んだ。ある者は、組織を立ち上げ、ある者はすでにあるギャングに入った。何故かといえば、“その方が盛り上がるから”だそうだ。流石はウェルンのところのリスナーである。


 まあ、俺としても悪くない。俺の目的はギャングを大きくすることであるが、さらにいえば騒ぎを起こしてハルシャを引きずり出すこと。ひとつのギャング団が大きくなるより、複数のギャング団が乱立する方が目的には適う。


 そんなわけで、サタンフォースとノーイヤーズとでは構成が大きく異なる。サタンフォースはドグとバークが集めたNPC中心のギャング団で、ノーイヤーズはほーいちを中心としたプレイヤー。ただし、脱獄計画に加担したNPCも取り込んでいるので、人数もそれなりにいる。


 人数比はサタンフォースが有利だが、NPCの戦闘力はプレイヤーには及ばない。そのため、個々の戦力としてはノーイヤーズが上だ。実際、俺がいない間に、何度か起きた衝突ではノーイヤーズが押しているらしい。途中で警察や愛の花の介入でうやむやになったらしいのだが。


「耐えろ! このままじゃ、魔王様に笑われちまうぞ!」

「む、無理だ! ここは持たない!」

「ま、魔王様! 助けてくれ、魔王様!」


 夜なので状況は掴みにくいが、やはりサタンフォースが劣勢らしい。頻りに魔王に助けを請う声が響く。いや……頼むから、そんなに連呼しないでくれ。また、変な噂が立つだろうが。


「ふふふ……やっぱり、ダーリンがいないと駄目なのです!」

「やっぱりプレイヤーの数が違うとね」


 リリィとユーリが呑気に話している。まあ、勝敗自体はどうでもいいと言えば、どうでもいい。騒ぎを起こすことが目的だからな。


 一方で、ウェルンはギラギラと目を輝かせている。


「いよいよ、お兄さんの出番だね! 心配しないで。配信カメラは明るさ調整ができるから、暗闇の中でもばっちり撮影はできるよ!」

「いや、そんな心配はしてない。それよりも、やっぱり俺が出ないと駄目か?」

「そりゃそうだよ。みんなお兄さんの活躍が見たいんだよ? GTBを盛り上げるためにも、ハルシャを懲らしめるためにも、お兄さんが出ないと」


 正直、俺が目立たない形で問題が片付くのが理想なんだが……ハルシャのことを言われると拒否はできないな。また妙な噂が広がってしまうと困るんだが。


「魔王様! 力を貸して欲しいっス」

「もうしわけないッス! 俺たちが不甲斐ないばかりに!」


 ドグとバーグが、土下座せんばかりの勢いで、助けを請うてきた。仕方がない。


「わかった……。行ってくる」

「おお……!」

「ありがたいッス!」


 途端に元気になった二人は、仲間のもとにかけながら「魔王様が出るぞ!」と声をかける。仲間からは歓声が上がり、敵方はどよめく。


「ヤツが来るぞ! わかってるだろうが、油断するなよ!」


 暗闇から聞き覚えがある声がした。あれはほーいちだな。


 味方の集まる場所を抜けて、通りを進む。敵ギャングに一人で向かう形だ。手にはフライパンを持っている。だが、構えてはいない。その必要すらなかった。


「撃て!」


 さらに聞き覚えがある声。こっちはオールリだ。号令の直後に無数の発砲音。幾つもの鉛玉が暗闇から飛んでくる。だが、その全てが俺を外した。暗闇だから当然……というわけでは、もちろんない。暗視スコープのような類はあるし、家から漏れる明かりで完全な暗闇ではないのだ。距離が近ければ、人影くらいは当然わかる。その全てが外れるのは普通ではない。


 これが、俺がフライパンを構えなかった理由。最近、俺が獲得した新たな能力のおかげだ。


 カジノで全敗し、それがウェルンの配信で有名になった。プレイヤーの噂がNPCにも伝わり、フライパンの魔王の悪名ランクが上がったのだ。新たに獲得した特性は『全てを外す者』である。


 ……いや、好きで外したわけじゃないんですがね。というか、もうフライパン関係なくなってますけど!


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