5
◆
由佳は、恋に前向きな女の子だった。
和人と由佳は元々仲が良くて、学校の中でもいつも一緒に歩いていたし、誰の目から見てもお似合いのカップルだった。
しかし、「由佳は可愛いんだから、告白したらたぶんうまくいくよ?」と志帆が説得しても、決して首を縦には振らなかった。
もっともっと、女子力を上げて、彼のほうから告白させたいのだと、そう由佳は息まいていたのだ。
親友の頼みでは断れない、と志帆は思う。
志帆は全面的に由佳に協力をした。
サッカー部の練習中に、うまくタイミングを見計らって、それとなく和人にいろいろ訊いた。
使っている整髪料の種類。趣味。聴いている音楽。得意な教科。苦手な教科。そして、好きなお菓子――。
「好きなお菓子?」
んー、と和人が考え込む。部活終わりのサッカー場。強くなった西日のせいで、彼の顔は熟れたトマトみたいに真っ赤だった。
「チョコレートかな?」
「夏だから保管が大変だねえ……」
「保管? なんの話?」
「あ。いや、なんでもない」
和人が好きなもの、興味があるものをそれとなく聞き出しては、由佳にすべて伝えた。
由佳は彼の趣味に合わせて、リップの色を変え、チークの色を変え、制服のスカートを短くし、髪の毛を伸ばし始めた。高三の秋頃には、志帆と同じくらいの髪の長さになった。
和人に気に入られようと頑張る由佳の姿は可愛くて、女子力が上がっていく由佳を見ているのも、彼女の変化を目の当たりにして、和人の態度が変わっていくのを見るのも、志帆は楽しくて仕方がなかった。
由佳の恋を応援すればするほど、二人の距離が近づいていけばいくほど、志帆の中で和人の存在が次第に大きくなっていく。彼の一挙一動が、気になるようになっていった。
そのことに、心が温かくなったりきしんだりもしたけれど、それは全部、由佳の大切な人のことだから、とそう思っていた。由佳にとって大切な人は、自分にとっても同じように大切な人だから、とそう思っていた。
そうじゃない、と気付いたのは、二人が一緒にいる姿を見て、心が痛んだ瞬間だった。
彼を見て彼女が笑うたび。
彼女を見て彼が笑うたび。
志帆の心はひりひりと痛むようになった。
これが、親友を盗られたと感じる嫉妬からくる痛みならまだ良かった。そうじゃないから、愕然としてしまったんだ。
志帆は――和人に恋をしていた。
夏休みが終わったあとくらいのことだったろうか。
志帆は由佳を夜の公園に呼び出すと、自分も、和人のことを好きになってしまったかもしれない、と告げた。
由佳は少し驚いたような顔をして、それから、「知ってたよ」と笑いながら志帆のことを抱きしめた。
どうやら、志帆よりも先に、由佳のほうが彼女の感情の変化に気付いていたらしい。
これには、志帆も苦笑いするほかなかった。
「じゃあ、これからは恋のライバルだね」と笑ってみせた由佳の顔は、泣き笑いと言って良い表情だった。
このとき二人で決めたのだ。
どちらかが和人と一緒にいるときは、五回瞬きをして、『が・ん・ば・ろ・う』ね、とエールを送り合おうね、と。
それから、二人の戦いが始まった。
笑顔を絶やさない。持ち物に気をつかってみる。和人に負けないよう、気配りができるようにする。女性らしい仕草を心掛ける。料理も、お菓子作りも負けないように――。
二人で、いろいろな努力をし続けた。
そうして迎えた決戦の日。夏休み明けの始業日の放課後に、二人で順番にチョコレートを送ることにしたのだ。
どちらが勝っても恨みっこなし。告白を受け入れてもらったほうが勝者なのだと。
先手は由佳。
「いってくるね」と決意を述べて、昇降口を出た和人のほうに向かう。
志帆は五回瞬きして、由佳を送り出した。
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