第39話 私も連れて行って下さい

 すみれが行方不明になったことを聞かされた私は、応接室で頭を必死に絞る。


 警察に頼んだところで、台風の中をしらみ潰しに探してくれる訳ではない。たとえあの娘のことを少ししか理解できていないとしても、クラスで彼女と近しいのは私だけだ。


 もっと考えろ。すみれの気持ちになって、すみれの目線になって、私がこれまでに見て来たあの娘なら、一体どうするか。


 わざわざ会いに来てくれたのに、突き放すような態度を取ってしまって、すみれはどういう気持ちだっただろう。悲しかっただろうか。怒りを覚えただろうか。


「――……」


 何かが引っかかった気がして、私は至近距離にいるすみれの叔母さんの、不安と憤りとが混ざりあった顔を見つめた。


 全体的な雰囲気はすみれと似ているが、目の色が違うことに気がつく。アパートで見たすみれの瞳は、もっと深い青をしていた。まるで先週末に行った江ノ島の海のような――


「あ……」

「え?」


 私は思わず背筋を伸ばして叫んだ。


「あ、あのっ、すみれのアパートの駐車場にバイクはありましたかっ?」

「バイク……?」

「ええ、アパートの駐車場に、ちょっと古いくて黒っぽい」


 すみれの叔母さんは思い出そうとするように、しばし虚空を見つめる。


「……いえ、なかったと思うわ」

「じゃあ、やっぱり……」


 私が呟くと、今度は松永先生が迫ってきた。


「どういうことだ? 心当たりがあるのか」


 ゆっくりと頷きながら、私は言った。


「海、かもしれません」

「海だって?」

「この前、一緒に江ノ島に行った時、すみれ言ってたんです。むしゃくしゃした時とか、落ち込んだ時によく海に来るって」

「しかし、今日は台風だぞ。こんな日にバイクで海に向かうなんて」


 普通に考えればそうだろう。だけど、不思議なことに奇妙な確信があった。


 不機嫌な顔、不愛想な顔、落胆した顔、得意げな顔。これまでに彼女が見せた幾つもの表情がくるくると切り替わりながら脳裏を巡る。


 私とすみれの関係は決して深いとは言えないけれど、それでも一番彼女の行動としてしっくりくる気がした。


 あの娘は学校に行く代わりにバイクの免許を取り、メールは見ないけどハシビロコウの生態はネットで調べる娘なのだ。それにそもそもすみれの家にはテレビがない。ネットニュースを見ることも多くはないようだから、台風の接近を知らない可能性もある。


 松永先生は、すみれの叔母さんと顔を見合わせる。


「どうしましょうか?」

「どうと言われても。私にはぴんとこないわ」

「とりあえず私が車を出しましょう」

「待って、この娘の言うことは本当に信用できるの? もし、それで手遅れになったら――」


 すみれの叔母さんが私を指さす。松永先生は一秒と経たずに返答した。


「花守は少なくとも適当なことを言う生徒ではありません。警察への連絡は、彼女の言う場所を確認してからにしましょう」


 そう言って応接室のドアに手をかけた松永先生を、私は大声で呼び止めた。


「待って下さい。私も連れて行って下さい」

「駄目だ。危険だ」

「すみれがいなくなったのは私のせいなんです。それに、私がいないと詳しい案内ができませんっ」


 何者でもない私は、せめて良い学級委員長でいようとしてきた。だけど、今だけはこれまでにないほどに必死だった。


 だって、私はまだすみれに謝ることができていないのだ。


 松永先生は私の勢いにわずかに戸惑った顔を見せ、口元だけを小さく動かす。


「……道を間違っても、傷だらけになっても、全てが人生の糧になる……それがいつの時代も若者の特権か」

「あの?」

「何でもない。わかったが、これだけは守れ。絶対に車から出ないこと。私の言いつけを守ること。もし危険があればすぐに引き返して警察に連絡するからな」

「はいっ」


 私は力強く頷く。


 昼だというのに、窓の外は既に薄暗く、激しさを増し始めた風が、校庭の木々を大きく揺らしていた。

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