第20話 はむぅって何だ

 あやめはごほんと咳払いをすると、ぱらぱらと頁をめくりながら言った。


「えっと、私は恋愛力について考察してきました」

「ほう……」

「恋愛を知る、というテーマで動いていますが、そもそも私達はどれくらい恋愛に向いているのか――恋愛という土台に立てるのかも大事な視点ではないかと思ったんです」

「ふむ……それはそれで興味深いな」


 身を乗り出す部長とは反対に、水野先輩は訝しげに口を開いた。


「でも、みんな未経験なんだから判断しようがなくない?」


 私もそう思った。


 まだ周囲に男がいる環境であれば、男子に告白されたことがあるか、男友達がどれくらいいたかなどが参考になるだろうが、私達にはそういう指標もない。


「なので、私が注目したのは属性です」


 あやめは自信満々に言った。


「私は少女漫画ではなく、男子向けのラブコメ漫画やライトノベルも読むんですけど、ああいう本には男の子の願望を具現化したプロトタイプの少女が描かれているんです。プロトタイプとの類似性を検討することで恋愛対象としてどれくらい魅力的なのか、判断の参考になるんじゃないかと」

「うぅん……あながち間違っているとも言えないが……」


 部長が慎重な物言いをすると、あやめはノートをめくって言い切った。


「まず、この中で最も恋愛に向いているのは、水野先輩です」

「えっ、本当!?」


 水野先輩の顔がぱっと明るくなる。


「はい。水野先輩はツンデレ属性です」

「え、ちょっと待って。ツン……何?」

「ツンデレです。普段はツンケンしているのに、ふとした瞬間に相手への好意がだだ漏れる。そのギャップが男達をこの上なく萌えさせる。根強い人気を誇る鉄板の属性なんです」

「ええと……よくわからないけど、褒められてるのね?」

「はい。反対に好きな男もできない世の中では、周りに不機嫌を垂れ流すだけの感じの悪い女に過ぎなくなる訳ですが……」

「褒められてないじゃんっ」

「ははは、いいぞ。私はどうなんだ、海老沢君」


 上機嫌の部長に、あやめはもう一枚ページをめくって言った。


「大橋部長は先輩キャラです。普段は好き勝手やってるように見せかけつつ、実は主人公のよき理解者でもあり、重要なシーンに現れて、主人公を導くという重要な役割を果たします」

「ほう、悪くないじゃないか」

「ただ、残念ながら、異性との恋愛に発展することはほとんどありません」

「……なに?」

「一番の理由は、余裕で一人で生きていけそうだからだと思います。それに見方を変えると、単なる傍若無人で我儘な人間にすぎず……」

「ちょっと待て。その検討結果には異議があるぞ」

「あはは、何言ってるのよ。その通りじゃない。見事な分析だわ、海老沢」


 今度は水野先輩が満面の笑みで手を叩いている。


「す、すいませぇん。あくまで初期仮説なのでぇ……」

「……ったく。心当たりが全くない訳でもないのが腹立たしいな。お前はどうなんだ?」


 すると、あやめはむふぅと鼻を鳴らした。


「はい。私は小動物系女子です。ちょっとドジで人懐っこい。男子の庇護欲――守ってあげたいという思いを刺激する立ち位置で、それなりに人気のポジションなんです」


 心なしか語尾に自信のようなものが感じられる。


 部長は目を細め、不満げに頬杖をついた。


「ドジは認めたとしても、人懐っこいは虚構だろう。無理に属性に当てはめず、自分は単なるコミュ障オタクと認めたらどうだ」

「はむぅ……」

「はむぅって何だ。はむぅって。そんな日本語はないぞ。キャラに無理やり寄せるのやめろ」

「す、すいませぇん……」


 部長の叱咤を受けて、あやめは怯えた顔で肩を落とす。


 イブ計画のニュースのせいか、今日はいつになく部長が真剣だ。何も準備していないので緊張してきた。


「……まあいい。で、後は花守君の属性か」

「あ、はいっ」


 あやめは弾かれたように顔を上げ、再びノートに目を滑らせる。


「ええと、つぼみちゃんは委員長キャラです」

「そのまんまだな」

「そのまんまね」


 部長と水野先輩が同時に言った。この二人、こういうところは意外と気が合う。


 あやめは申し訳なさそうに続けた。


「優しくて気遣いもできて、万人受けするキャラなんですけど、なぜかメインヒロインにはなれず、大体幸せにもなれません。要するに個性がないというか」

「えぇ~……」


 思わずハシビロコウがすぐに飛んだ時のすみれみたいな声が出た。


 個性がない、というところに妙に納得感があって地味に胸に刺さる。


 微妙に気まずい空気が室内に漂った。よく考えたら、今日のあやめの考察は誰も幸せにしていない気もする。何も準備していない私よりはいいけれど。


 それでも朝の明るいニュースの到来のおかげで、議論の雰囲気も、皆の口調もどこか軽やかに感じられた。


「ねえ、あやめちゃん。私はどう?」


 部屋の入り口で声がした。


 顔を向けると、バドミントンラケットを抱えた葵が立っている。


「幽霊部員参上しました! なんか面白そうな話をしてますね。私も入っていいですか」

「無理言って兼部にしてもらってるんだ。無論歓迎するよ」


 部長が頷き、葵はテーブルに腰を下ろした。


「で、あやめちゃん、私にも属性占いしてよ」

「あ、占いじゃないけど……えっと、葵ちゃんは……強いて言えば天然キャラかな」

「やったぁ……って、喜んでいいんだっけ?」

「う~ん……天然は男がいた時代はツンデレと双璧を成す人気枠なんだけど、一つ間違えばただの空気を読めない不愉快なキャラで……」

「おおぅ」


 唸る葵。部長は机をこつんとこづいた。


「海老沢君。お前は自分のキャラ以外、悪意を込めすぎじゃないか?」

「あ、そ、そういうつもりではないですぅ。ご、ごめん。葵ちゃんは空気が読めない訳じゃないけど」

「あ、いや、いいよ。思い当たるところもあるし。や、やっぱ帰ろうかな……掛け持ちだし」


 葵は弱ったなとぽりぽりと頭を掻く。あやめは慌てて両手を振った。


「あ、ご、ごめん、そういうつもりじゃなくて、急だったから葵ちゃんの分は用意してなくて」

「いやいや、私のほうも無理に頼んでごめん」


 二人は恐縮しながら、ぺこぺこと頭を下げている。割って入ったのは部長だ。


「ま、それはそうと、次は花守君の調査報告の番だが」

「あの、すいません。それがまだ準備が――」


 正直に謝るしかない。そこまで言いかけてふと思いついたことがあった。


「歌……」

「歌?」

「あ、はい。古今東西、様々なラブソングがありますよね。そこには恋愛の本質や願いのようなものが含まれてるんじゃないかなと思って」


 お母さんが家事の最中にかけている音楽の数々をふと思い出したのだ。


 私はそれほど詳しくはなく、今まではなんとなく耳を通り過ぎていたが、改めて考えるとポップスにバラードにロックまで、恋愛を歌ったものは数多くある。


「すいません、まだ何も分析はできてないんですけど……」

「なるほど……いや、面白い。歌か」


 部長は時代劇の悪代官のような顔で、にやりと笑った。

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