第19話 恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだってさ

 世間を揺るがす報告があっても今日の生活が変わる訳でないが、新時代の到来を予感させるニュースは、世の中に空気に今までにない軽さと明るさを与えた。


 それは世界の最前線から遠く離れた、ここ神奈川県鎌倉市でも同様である。


「いやぁ、胸が躍るな。新時代の夜明けも近いかもしれないぞ。さて、それじゃあ気合を入れて皆に経過報告をしてもらおうか」


 放課後。一同が部室中央のテーブルを囲んだところで、大橋部長は興奮を抑えきれない様子で言った。革新的なニュースの到来に、部員達の表情も心なしかいつもと違って見える。


 半分諦めながらも、きっといつかは、と抱えていた未来が目の前にある。


 私達の道は、行き止まりではない。


 咲いて散った花も、次の命の糧になりえるかもしれないのだ。


「それで部長、経過報告って?」

「ははは、何を言ってるんだ、花守君。恋愛取材への新しいアプローチをそれぞれ考えてくるという話をしただろう。イブ計画の進捗によっては、これから大恋愛時代がやってくるかもしれないんだ。我々のプロジェクトはますます重要になってくるぞ」 

「あ、ああ、そうでした」


 しまった。そういえば集団デート企画の時に、そんなことを言っていた気がする。すみれの呼び出しに気を取られて、うっかり抜け落ちていた。


 内心焦りを覚える私の前で、部長は最初に水野先輩に目を向けた。


「まず椿の報告から聞こうか」


 水野先輩は軽く頷いて口を開く。


「私はとりあえずお母さんとか叔母さんとかに話を聞いてみたんだけど」

「経験者への取材は下手な先入観に繋がると前に言っただろう」

「でも、前のやり方で成果が出なかった訳だから仕方ないでしょ」 

「……むむ」


 部長は唇をへの字にして、渋々と頷いた。


「まあいい。とりあえず聞こうか」

「なんかさ。恋愛っていうのは、するものじゃないんだってさ」

「するものじゃない? どういうことだ? みんなしてきたんじゃないか」


 部長が呟き、私は隣に座るあやめと目を合わせた。あやめはこくこくと何度か頷いている。


 水野先輩は更に続けた。


「そういうことじゃなくて。恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだってさ」

「落ちる? 段々と禅問答みたいになってきたな」


 部長は眉をひそめ、形の良い顎を撫でる。


「他にヒントは?」

「いや、ヒントって何よ。とりあえず、目の前に意中の相手が来たらドキドキするし、緊張してうまく話せなくなるし、気づいたらその人のことばっかり考えてるんだって」

「その人のことばかり考えるか……。難しいな、花守君は理解できるか?」

「ええと、どうでしょう……経験はありませんが……」 


 私がそう答えると、部長はあやめに視線を向けた。


「海老沢君は? さっきから何度か頷いているが」

「あ、いえ、恋に落ちるっていうのは、旧時代の漫画でもよくそういう描写が出てくるので、やっぱりそうなんだなぁって」 


 憧れるような瞳で虚空を眺めるあやめの前で、部長は悩ましげに腕を組んだ。


「うぅむ、私はさっぱり理解できないな。世の中には検討したいテーマが山ほどあるのに、特定の誰かのことに時間を費やすなんて無駄じゃないか」

「そう? 私はわかるけど」

「なに?」


 水野先輩が得意げに胸をそらし、部長は驚いた表情を浮かべる。


「私は飼い犬のレモンのことよく考えてるわよ」

「お前は一生犬と恋愛してろ」

「ちょ、おい」


 いつものやり取りの後、部長はわざとらしく溜め息をついた。


「それで、他には?」

「ええと、後は……恋愛は夢、結婚は現実だって」

「なんか……それは深い……ような気がするな。花守君、記録を頼む」

「はい」 


 私は立ち上がり、壁際にあるキャスター付きホワイトボードを持ってくる。そこに

「恋は落ちるもの」「恋愛は夢、結婚は現実」と書き連ねた。今回、何も準備をしてきていない分、書記の役割くらいは果たすことにする。 


「他にはあるか、椿?」

「とりあえず、それくらいだけど」

「そんな三分程度で聞ける話で取材を終えるとはな。ジャーナリズムを舐めてるのか」 

「だってさ、よく考えたらどうせ自分が恋愛する機会なんてない訳じゃん。そう思うとなんか逆に悲しい気分になってきちゃって」

「相変わらず浅はかだな。今朝のイブ計画のニュースを知っているだろ」

「私もちょっとは浮かれたけど、仮に男が今から生まれても十七歳も下でしょ。恋愛相手にならないじゃない」

「いいえ、それはそれで萌えだと思います!」


 あやめが急に活き活きした口調で言った。


 部長は肩をすくめて、あやめを横目で眺める。


「海老沢君の言ってることはよくわからないが……年下が相手でもお互いがよければいいだろうし、恋愛相手が生身の男だけとは限らないだろ。過去の俳優や二次元が相手でも恋愛感情さえ抱ければいいし、男である必要もないかもしれない。この中に恋愛対象がいたって問題はない訳だ」

「なんであんたのことを一日中考えなきゃいけないのよ……」

「まあ、その点は珍しく意見が一致してるな」


 部長は口角をわずかに上げると、次はあやめに水を向ける。


「海老沢君の番だ。集団デート企画をさぼった分、しっかりとまとめてきたんだろうな」

「さ、さぼったんじゃないです。親戚がしぶとくてぇ……」


 あやめはあくまでシラを切る気のようだ。


 部長から目を逸らしたまま、鞄の中からいそいそとノートを取り出す。

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