第14話 だって飛ぶとこ見たいじゃん
その後、私達は園内をぐるりと歩き、最初に浅川さんが言っていたハシビロコウの展示エリアにやってきた。
体長一メートルを超える大型の鳥で、灰色の毛並みと巨大な嘴、何を考えているかさっぱりわからない丸い目玉が印象的だ。
そして、浅川さんの言った通り全く動かない。
「本当に動かない……」
繁みの奥に立つハシビロコウは、まるでそこだけ時が止まったかのように微動だにせず、ただ虚空を見つめている。
「なんであんなに動かないの?」
「野生のハシビロコウは、エサの肺魚ってのが水から顔を出すのをずっと待ってるんだと。長い時は五時間くらいそのまま動かないってさ」
「よく知ってるね」
「ネット調べりゃすぐ出てくるよ」
SNSのためにパソコンを立ち上げることはないが、ハシビロコウのことはネットで調べるらしい。
浅川さんはハシビロコウのようにじっとその場に佇んで続けた。
「でも、ここならそこまで待たなくても動くし、この前は一時間待ったら飛んだ」
「飛ぶの? と言うか、一時間も待ったの?」
「だって飛ぶとこ見たいじゃん」
いや、見たいけど。そのために一時間は待てない気がする。
いまだに彼女のことはよくわからないけど、平日に動物園に来て、イケメンゴリラをチェックし、ハシビロコウを一時間見続けているという情報が新たにプロフィールに追加された。
結局この日は十五分ほど待ったが、ハシビロコウはぴくりとも動かなかった。
諦めて次のエリアへの移動を促すと、浅川さんは少し驚いた様子で言った。
「え、いいのかよ。動くの見なくて。あたしは前に飛ぶの見たからいいけど」
「今日はハシビロコウの気が乗らないみたいだし。今度来た時にまたチャレンジしてみる」
「……そっか」
なんとも言えない表情をして、浅川さんは展示場から離れた。
時計を見るともう正午を過ぎていたので、私達は園内のレストランに向かった。浅川さんは炭火焼き鳥丼、私はけんちんうどんを注文する。
浅川さんがトイレに向かっている間に、私は最初に撮ってもらったパンダとのツーショット写真をSNSにアップした。
浅川さんは席に戻ると黙って炭火焼き鳥丼を食べ始め、私はけんちんうどんを無言ですすった。
動物を前にすれば会話もできたが、いざ向き合うと何を話していいかよくわからない。目の前の同級生は特に沈黙を気にする様子もないが、居心地の悪さを感じた私はとりあえず動物園の話題を振ってみることにした。
「浅川さんはここよく来てるの?」
「んー、月に一回くらいかな」
「他の動物園は?」
「他って言っても、都内でやってる動物園、もうここだけだから」
「そう、なんだ」
ふいに現実に引き戻された気がした。
動物園や遊園地は本来子供連れがメインの客層だ。子供が生まれない今、子連れファミリー向けのサービスは次々と終了しているそうだ。そういえば、私が子供の頃に連れて行ってもらった遊園地も、もう閉園したと聞く。
浅川さんはもぐもぐと口を動かしながら言った。
「ここも採算厳しいらしいけど、日本で一番古い動物園ってことで、ボランティアと補助金でなんとかやってるってよ。少しは貢献しようと思って時々ボランティアやったり、月に一回は来るようにしてるけど、いつまで開いてるかわかんないな」
「へぇ……」
動物園でボランティア。
無愛想で不登校の生徒、という浅川さんの印象がどんどん覆っていく。
「上野動物園って日本で一番古い動物園なの?」
「そんなことも知らないのかよ。しっかり勉強しとけよ、委員長」
「あ、はい」
私は反射的に頷いた後、正面に座る金髪の同級生を見つめた。
「ねえ、どうして私をここに連れて来てくれたの」
「バイトの件、黙ってくれた礼だって言っただろ」
「でも、わざわざ休みの日を潰してまで……」
「ま、あたしにとっちゃ休日とか平日とかあんまし関係ないけど。今は不登校だし」
浅川さんは箸をくわえたまま続ける。
「それに、誰かに借りを作ったままにしておきたくないんだよ」
なんというか、印象より律儀な娘だ。
私は浅川さんをじっと眺め、口を開いた。
「ねえ、やっぱりハシビロコウ、動くまで見てもいい?」
「……いいけど、待てるか?」
「うん。せっかく連れて来てもらったし、次があるかわからないから」
上野動物園は都内でやっている唯一の動物園らしい。しかし、経営状態は厳しく、いつ閉園になるかわからない。だから、私が「次の機会に」と言った時、浅川さんは微妙な表情をしたのだろう。
彼女はキャップ帽を頭に被って、にやりと笑った。
「先にトイレ行っとけよ。長丁場になるぞ」
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