気持ちの終わり
@rabbit090
第1話
生きているだけで、いいっていってくれればいいのに。
「え、どうして?昨日話したじゃん、はあ、もう。」
僕は、彼女の前だと見境なしになってしまう。でも、それは仕方が無い。だって、
「うるさいなあ。夫のくせに、少しは忙しい私を慮ってよ。」
「…悪かったな。」
この人と初めて会った瞬間、僕は雷に打たれたような、そんな高揚感っていうのだろうか(雷に打たれたらそれどころじゃないけど)、とにかく、経験したことのないような幸福に満たされて、迷うことなく結婚した。
「あのさ、今度友達と会うから、一緒に来てくれない?」
「考えとく。」
「あっそ!」
僕は、家で投資をしながら生計を立てていて、よくそんな感じで結婚出来たなっていうくらい宙ぶらりんなんだけど、でも外でバリバリと働く苗子は見境なしに交友関係を広めて面倒くさいことにも巻き込まれたりして(苗子の親切を好意と受け取った男が、押し入ったり…。)、そんな生活に疲れた彼女が、僕が半日だけ働いているカフェのお客として現れ、知り合い、結婚するに至った。
だから、僕に交友関係の広い苗子とは違って、紹介できるような友人があまりいないのだって分かっているけれど、やっぱり生活のスタイルが違い過ぎて、合わなくしまった。
「じゃあ僕、風呂行くから。」
「えー?疲れてるんだから、私でいいじゃない。」
「だって苗子、今仕事してるじゃん。僕だって、色々出かけてるんだし。」
「分かったよ、もう。」
ぷんぷんと怒りながら、僕らの関係は険悪になっていく。
境界線がなくなるということは、これからの未来が閉ざされていくという事と同義なのだろうか。
それとも、色々な人とと深く付き合える苗子と違って、やっぱり僕のようなダメ人間のせいで、この生活は上手く行っていないのだろうか。
とにかく、もう書いてある離婚届を、苗子に渡すまであと少し、あと少しだけになってしまった。
「遅いんだよ!」
何が、と言いかけたがそのおっさんは、怒りを収めることができないらしい。でも私は分かっている。こういう時には、相手の気持ちを優先し、そしてそっと去ればいいのだ。
誰も傷つかず、平和に終われる。
ただ、ここ最近気づいたこととしては、もしかしたらこの方法は、私が一番壊れていく選択なのかもしれない、という事だった。
不調を感じている。
ずっと軽蔑していた上司のように、怒りをあらわにして他人にぶつけている、それを、やってしまうのだから。
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったの。」
「いいんですよ、気にしないでください。」
部下は、にこやかに笑って失態を犯した私を、許した。
けどその代償は、全く違うものだった。
私は、だから本当に、もうだれも信用などしていない。
夫以外、多分。
ただでさえ不安定な毎日なのに、ちょっと親切にしたくらいで私が、あんたのことなんて好きになるわけないじゃない、まして、私の親切を行為として受け取っていたなんて、馬鹿馬鹿しいわ。
私に夫がいるということを知っているのに、部下は、私との関係を真剣に論じていた。
最初は、聞いてやるか、適当にあしらうか、くらいでいいと思っていたのに、気付いたら彼を罵倒し、まして平手打ちなど、はあ。
もう会社にはいられない。
新卒から入って、ずっとキャリアを積んできた場所だった。
役職もついたというのに、どうして。
「どうして?離婚なんて、しない。私。」
だから、え?何で。
私の何が悪いの?ねえ、私の中の最愛のは、多分君なのに。
「ごめん、僕が耐えられないんだ。苗子を傷付けるから、別れてくれ。」
あ、そうか。私のため?なら大丈夫。そう思って、顔を上げた、けど。
見えた夫の顔には、疲れが滲んでいた。
私に関わる会社の人も、そんな顔をしていた。
それを見ると、ああ、そうか。もう駄目なんだ。
私は、また人を、傷つけてしまったのだ。
いやね、ホント嫌。
「…分かった。書くよ、頂戴。離婚した後の細かいことは、あとで決めよう。手紙書くから。それまでは、実家にいる。」
勢い込んで、そのまま部屋を出た。
だって、耐えられないじゃない。
私にとっては、君が一番だったのに、何で?
何で?何でなの?
やっぱり、私が悪いのだ。
私、
私は、
何でも思うけれど、一人になった瞬間にしか落ちてこない涙が、やっと現れる。
一人になろう、もう誰も傷つけたくないし、私は傷つきたくないし、だから、もう、いいの。
無様だったけれど、少しだけ気持ちが落ち着いた。
気持ちの終わり @rabbit090
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