第30話
まったく集中できないまま授業を終えた音羽は、寮に戻ると早速ペンダントを送る準備を始めた。住所は理亜が送ってくれた手紙の封筒に書かれてあるので問題はない。送り状は郵便局でもらえばいいだろう。
「あとは……」
呟きながらバッグからペンダントの箱を取り出す。可愛らしくラッピングされた箱と、ラッピングされていない箱。ずっとバッグに入れっぱなしだったので潰れたりしていないかと心配だったが、どうやら大丈夫のようだ。
「これ、やっぱり別の箱に入れて送った方がいいかな」
呟きながら部屋を見回すも程よい大きさの箱は見当たらない。箱ならばきっと窓口で買うこともできるだろう。そう考え、音羽はラッピングされた箱と住所の書かれた封筒をバッグに入れて寮を出た。
夕焼けで染まった空の下、部活を終えた生徒たちが楽しそうにお喋りをしながら帰寮している。その流れに逆らいながら音羽は一人、早足で郵便局へと向かった。
窓口の受付は十七時までだったはず。郵便局が見えてきたあたりでスマホを取り出し、時間を確認すると十六時四十分。ギリギリ間に合ったようである。自動ドアを抜けるとまだ中には受付待ちの人たちが多く並んでいた。
音羽はその列の一番後ろに並んで自分の順番を待つ。しかし、列の進みが妙に遅い。ひょいと顔を覗かせて窓口の方を見ると、そこにメッセージカードが置かれていることに気がついた。
そういえば一緒に送る手紙のことを考えていなかった。今から便箋に書くのは時間がかかりそうなので何か一言添えるくらいでいいだろう。
音羽は窓口で一番小さな箱とメッセージカードを購入すると、荷造り用のテーブルへ移動した。そして少し考えてからメッセージカードには『いらなければ捨ててもいいから』とだけ書き、ペンダントと一緒に箱に入れて発送する。
――本当は喜んでもらいたいけど。
そして身につけてもらいたい。音羽と色違いのお揃いだということも書いておけばよかっただろうか。いや、きっとそんなことを書けば理亜は気を遣うだろう。
「あれでいいよね」
自分に言い聞かせるように呟き、寮に戻ろうと郵便局を出たところで音羽は思わず足を止めた。道の向こうから見覚えのある二人が歩いてくる姿があったのだ。
「下村さんと浅見さん? え、なんで」
二人は真剣な表情で話しながら歩いてくる。まだ音羽には気づいていないようだ。音羽はゆっくりと身体の向きを変えて彼女たちの死角へ移動しようとした。しかし、そのとき「あれ? 音羽じゃん」と声をかけられた。驚いて振り返ると不思議そうな表情を浮かべた瑠衣が「何してんだ?」と駆け寄ってくるところだった。
「え、あ、瑠衣ちゃん」
「なんだよ。なんか挙動不審だぞ、音羽」
「いや、えっと」
音羽は動揺しながら涼たちの方へ視線を向ける。彼女たちは横断歩道の信号で立ち止まっていたが、その信号もまもなく青になりそうだった。
「瑠衣ちゃん、ちょっとこっちに!」
「は? ちょっ……」
音羽は瑠衣の手を掴むとグイッと引っ張って郵便局の中へ駆け込んだ。窓口の職員が不思議そうに音羽たちを見てきたので、音羽は笑って誤魔化しながら会釈をする。
「一体何なんだよ。俺、郵便局に用はないぞ?」
眉を寄せて言いながら瑠衣は音羽の手を振り解いた。しかし音羽はそれには答えず、そっと自動ドアの向こうへ視線を向ける。すると、ちょうど涼と香奈が通り過ぎていくところだった。
「セーフ……」
「あー、なるほど。知り合いがいたのか。学校の奴? 嫌いなの?」
ようやく合点がいったように瑠衣が音羽の視線を追いながら言った。音羽は首を横に振る。
「そういうわけじゃないよ。二人とも良い人だし。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「……あの左側を歩いてた子、下村さんっていうんだけど、理亜と同じ中学の出身で。昨日、言ってたんだ。香澄美琴と理亜が似てるって。昨日はなんとなく誤魔化したけど、なんかまだ気になってるみたいで。いま会ったら間違いなく美琴について聞かれそうだったから」
「なんで香澄美琴のこと……」
瑠衣はハッとしたように音羽のことを睨んだ。
「お前、まさか喋ったのか?」
「いや、喋ったっていうか……」
音羽は浅くため息を吐く。
「まだ理亜がどういう状況なのか知らないときに香澄美琴のこと知らないかって聞いちゃって。理亜と同じ中学なら知ってるんじゃないかと思ったから。そしたら美琴と同じ小学校出身の子がいたって紹介してくれて」
「それが、あのもう一人の奴?」
音羽は頷く。
「下村さん、本当に良い人で。わたしのこと心配してくれてるんだ。だから調べてるんだと思う。わたしが気にしてると思って」
音羽の言葉に瑠衣は深くため息を吐いた。そして「良い奴ってやっかいだよな。良い奴だけに」と呟くように言う。そして再び音羽を睨んだ。
「気をつけろよ。これ以上余計なことは――」
「わかってる。言わないよ。これ以上は何も調べないでってことも、それとなく言っておこうと思う」
「いや、それは放っておけばいいんじゃね?」
「え?」
「だって、何かがバレてるわけでもないんだし。お前がムキになってそういうこと言っても逆に不自然だろ」
たしかに瑠衣の言う通りかもしれない。音羽は「そうだね」と素直に頷いた。
「じゃ、そろそろ出ようぜ。窓口、閉まるみたいだし」
言われて視線を向けると職員たちの視線が音羽と瑠衣に向けられていた。いつの間にか中には音羽たち以外の人の姿はなかった。壁に掛けられた時計はすでに十七時を過ぎている。
「あ、ごめんなさい」
音羽は職員たちに頭を下げると瑠衣と一緒に外へ出た。
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