第25話
美琴に連れられて香澄家の玄関を入った理亜は出迎えてくれた彼女の母親の顔を見てハッとした。
「ねえ! 見てよ、ママ。この子わたしにそっくりでしょ?」
そう無邪気に報告する美琴に答えもせず、彼女の母親はただ強ばった表情で理亜のことを見つめている。その表情は、理亜が新聞記事を持って帰ったあの日に見た母の顔にそっくりだったのだ。
「ママ? 声も出ないほど驚いた?」
少しだけ不思議そうな美琴の声に、彼女の母親は「え、ええ」と不自然な笑みをその顔に張りつかせた。
「本当にそっくりね」
そう言ったきり、彼女の母親は部屋に戻って行ってしまった。
「変なの。ま、いっか。行こ? わたしの部屋、上だから」
「うん」
さらに膨らむ違和感。しかし、それよりも理亜にとっては美琴と近づけたことが嬉しかった。
その日から理亜は頻繁に美琴と会うようになった。
大抵は香澄家へ理亜が遊びに行き、美琴の部屋でお喋りをして過ごした。子供の頃のこと、家族のこと、学校のこと、友人のこと。どんなことも全てを話し、そして聞いた。まるで互いのことを何もかも知ろうとするかのように。
そうやって一緒の時間を過ごすうちにわかってきた美琴は、とても繊細で不安定な心を持った人だった。
将来はプロになるのだと小学校卒業を機にフランスへ留学したものの、事故で右手が使えなくなり自暴自棄になっていたのだ。どんなに頑張っても元通りに動くことはないと医師に言われてリハビリを諦め、学校にもほとんど行かなくなった。部屋に置いてあったピアノも処分し、日本に帰ってきてからは何をするでもなく、ただぼんやりと過ごしていたのだそうだ。
しかし、そんな彼女も理亜といる時だけはよく笑い、よく話した。ただ、理亜がうっかり音楽の話題を出したときだけはひどく感情的になり、あるいは無感情になったりもした。
――ピアノが弾けないのなら生きている意味なんてない。
そんなことを言い出すことすらあった。苦しそうに表情を歪ませながら。そんな美琴のことを、理亜は羨ましく思っていた。
それがなければ生きている意味がないと思えるほど彼女には才能があり、その才能を活かすための環境も整っていたのだ。
どんなに自暴自棄になっていても、そして引きこもりになっていたとしても幼い頃から磨かれた彼女の魅力は衰えることはない。一緒にカフェに行くだけでも美琴は人の視線を集めていた。ただそこにいるだけで見知らぬ人すら惹きつけてしまう。美琴には、そんな魅力があった。
理亜は彼女と一緒にいればいるほどそんな彼女の魅力に惹かれていき、そして同時に惨めさを感じていた。
同じ顔、同じ体型。それなのに、こんなにも違う。
理亜は影、美琴は光だ。
いつしか理亜は美琴の真似をするようになっていた。美琴のような髪型、美琴のような話し方、美琴のような服装。美琴と同じに見えるよう、眼鏡からコンタクトに変えてメイクも覚えた。自分も光になりたい。ただその一心で。
やがて中学三年になった頃には理亜はすっかり美琴と同じになっていた。美琴は自分と同じ容姿や振る舞いをするようになった理亜のことを嫌がることもなく、むしろ喜んでいるようだった。本当にもう一人の自分がいるようだ、と。しかし、彼女の両親の反応は美琴とは違った。美琴のようになっていく理亜を見るたびに強ばった笑みで理亜のことを見ていた。そしてある日、聞いてしまったのだ。
あれは美琴の家で彼女が病院から帰ってくるのを待っていたときのこと。トイレを借りるために階段を降りたとき、リビングで話す美琴の両親の声が聞こえてきた。
「あの子、また来てるのよ。向こうの親はどうして止めないのかしら。約束が違うじゃない」
そう言った美琴の母親の声は固く、暗かった。そうだな、と答えたのは彼女の父親だ。
「向こうから連絡はないから知らないのかもしれない。あの子が一人でここを突き止めて内緒で通ってきてるんじゃないのか」
「そんなことあるわけないじゃない」
「いや。美琴は小学生の頃に新聞記事にも載っていたし。それを見たのだとしたら――」
深いため息が聞こえた。
「大丈夫だ。心配するようなことは何もない。出生記録だって問題なく処理してあるんだ。それに、美琴もあの子がいると気持ちが前向きになるみたいじゃないか」
「……そうね。たしかにわたしたちと話すときよりも明るい表情をしているわ。精神的にも落ち着いてるみたいだし」
「ああ。離れててもやっぱり双子なんだ。きっと、一緒にいると安心するんだろう」
――双子。
なんとなく予想していた事実ではあった。しかし、いざそれが本当のことなのだと知ると、妙に冷静になってしまう自分がいた。理亜は二人に気づかれないよう、そっとリビングから離れて美琴の部屋へ戻った。
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