第21話
「なんで瑠衣が来るんだよ」
困った表情で理亜が言う。
「教えたわけじゃないの?」
「んなことしないよ。わたしのこと知ってるの、音羽だけだもん」
「じゃあ、なんで――」
「おい!」
スピーカーから瑠衣の苛立った声が響いた。
「いるのはわかってんだからな!」
「あー、わかっちゃってんのかぁ」
理亜が困ったように呟くと「どうしよ」と音羽を見てきた。
「どうしよって言われても……」
音羽も困ってしまう。
「居留守すんなよ!」
再び響く瑠衣の声。理亜は少し考えてから「えっと、どちら様でしょう?」と声色を変えて返事をした。
「……ふざけんなよ、理亜!」
「完全にバレてんのね」
深くため息を吐いて理亜は「しょうがないなぁ。入ってこいよ」とモニタ横のボタンを押した。おそらくそれが門のロックを解除するボタンなのだろう。すると十秒もしないうちに玄関のドアを叩く音が響いた。
「早いな」
理亜は笑いながら玄関へ行ってドアを開ける。そこには怒りの表情を浮かべた瑠衣が立っていた。彼は音羽を見ると小さく舌打ちをしてから理亜を睨みつける。
「お前ら、グルだったんだな」
「は?」
「グルって……」
音羽は理亜と顔を見合わす。そして理亜が苦笑しながら「何のことだよ」と瑠衣に視線を戻した。
「惚けんなよ。理亜が生きてるって知ってたんだろ」
瑠衣は低く震えた声で言いながら音羽を睨んでくる。音羽は彼を見返しながら小さく首を横に振った。
「理亜が生きてるって知ったのは数日前だよ。それまではわたしも知らなかった」
数日、と瑠衣は口の中で繰り返す。そして俯きながら「俺と会ってたときには知ってたんじゃないか」と吐き捨てるように言った。
「それは……」
その通りだ。しかし言うことはできなかった。あのときは音羽自身、何も状況が理解できていなかったから。
「なんで黙ってたんだよ」
瑠衣は俯き、肩を震わせながら言う。
「――ごめん」
音羽の謝罪に瑠衣はカッとした表情で音羽を睨みつけてくる。そのとき「瑠衣」と理亜が柔らかな声で彼の名を呼んだ。
「なんでここがわかったんだ?」
瑠衣は再び顔を俯かせて「寮に行こうとしたら音羽が出掛けるの、見えたから」と答えた。
「ついてきてたのか……」
理亜は言いながら眉を寄せて首を傾げた。
「っかしいなぁ。わたし、ちゃんと尾行ついてないこと確認してたんだけどな。バスにだって瑠衣乗ってなかったでしょ」
「タクシーで追った」
「マジ……? 無駄遣いすんなよ」
「無駄じゃない」
瑠衣は顔を上げると理亜を睨みつけた。
「全然無駄じゃない。だって理亜に会えただろ。なんだよ、無駄って……」
表情とは裏腹に瑠衣の声は弱々しかった。理亜は「そっか」と息を吐くようにして笑う。そして両腕を広げると瑠衣を包み込んだ。
「ごめんな、瑠衣」
「――何がだよ」
「んー、色々?」
「色々って……」
瑠衣は息を吐きながら「ほんとに、理亜なんだよな?」と小さな声で続けた。
「他の誰かに見えないのならね」
妙な言い回しをする理亜を瑠衣は怪訝そうな顔で見上げた。そしてそのまま理亜のことを見つめ続ける。理亜もまた、何かを受け止めるかのように瑠衣を見返していた。
どれくらいそうしていたのだろう。やがて瑠衣が「映画」と口を開いた。
「ん?」
「約束しただろ。一緒に行くって」
「んー、そうだっけ」
理亜は首を傾げる。瑠衣は「そうだよ」と言いながらボフッと理亜の胸に顔を埋めた。
「理亜の奢りで連れてってくれるって言った」
「そっかそっか。じゃあ、今度行こっか」
微笑みながら理亜は瑠衣の頭を撫でる。瑠衣は理亜に身体を預けるようにしながら「絶対だからな?」と念を押すように言った。
「うん。絶対」
「約束だぞ?」
「わかってるよ。今度こそ、行こうな」
「ポップコーンのセットも理亜の奢りだからな? 一番でっかいやつ」
フフッと理亜は笑って「了解」と瑠衣の頭を撫でる。
「絶対、だからな……。理亜」
静かな玄関に瑠衣のすすり泣く声が響いていた。
「――ごめんな」
囁くように言いながら理亜は瑠衣を優しく抱きしめる。その顔は音羽が見たこともないほど穏やかなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます