全人類を、ただ目つきだけで殺していいですか

闇之一夜

　私は百目(ひゃくめ)ウラン。本名はうららである。私ほど目つきが悪い女はいない。あまりのおぞましさに外へ出れば通行人は皆目をそむけ、ギター弾いてライブやれば、ステージに立っただけでブーイングの嵐でライブハウスから追い出される。

　こんなんでも、ほんの数日前まで自分の目が気持ち悪いとは知らなかった。自分でも恐ろしすぎて鏡を見れなかったからだ。

　幼稚園から高校にいたるまで、ただいるだけで激しいいじめにあってきたが、誰もその理由を言わなかったので、なぜこうも憎悪むきだしでやられるのかワケがわからなかった。いじめる側はただ「きめえんだよ」とか「うぜえ」としか言わないので、自分の何かが気持ち悪いことだけはわかったが、みんな私がそれくらいは自分で知っていると思い、わざわざ言わなかったような節がある。

　が、私自身が自分の顔をろくに見れないので、理由なんて知るよしもない。

　それが数日前、登校時に廊下で鉢合わせした同じクラスの男子が、地獄でも垣間見たようなすさまじい恐怖の形相でひっくり返って逃げていったのを見て、どうしたんだろうと不思議に思ったが、あまり気にせずトイレに行った。

　が手を洗おうと鏡を見たとき、そこにいた二つの対になった物体に目が釘付けになった。それまでは全く見れなかった自分の二つの目玉だった。そのぎょろ目のすさまじさといったら、殺意を軽く超えて狂気の域に達していて、完全に人間のそれではなく、別の次元からきた異形の化け物か、沼からあがったばかりの腐汁したたる妖怪そのものだった。

　たとえるなら、蛇。そう、蛇の目だ。だが蛇の瞳は猫と同じで縦長の筋状なので、正確にはちがう。だから、これは人間の目としか言いようがないが、この場合、放たれる負のオーラや、ぎょろぎょろした黒目からたぎる重い恨みの念が、まさに「蛇」というにふさわしい、あまりにも邪悪でまがまがしいものだった。

　ここまで憎悪に満ちたものを見たのは初めてで、あまりの恐怖に全身が凍りついた。それが自分自身の目だというのに、である。

　さっき廊下で男子に会ったときは、偶然目が完全に見開いていたんだと思う。それを見て彼は血相抱えて逃げたのだ。そりゃ逃げる。ここまでおぞましいんだもの。

　これで初めて自覚した。それまではいじめにあっていたせいで、自分の目はもっとみすぼらしくて哀れで、情けないだけのひ弱なカスみたいなものだと思っていたが、実はまったくの真逆の、激しい怒りに満ちた、恨みと憎しみにかっと見開く、見るも恐ろしい怪物のぎょろ目だったのだ。

　その日の放課後、ただちに楽器屋でギターを買った。

　人間への憎悪をぶちまけた恐ろしい歌詞を書きなぐったノートを抱え、前から憧れだったライブハウスのオーディションにはたやすく受かったが、それは目を半開きにして歌ったからだ。

　ライブの初日、ギターをかき鳴らして同じように絶叫して歌ったが、楽屋でもリハでも常に半分しかあけていなかった目をステージで全開にし、少ない客たちにぎょろぎょろした蛇眼をもろに投げつけた。

　たちまち客席のそこかしこから「ぎゃああー」と恐怖の悲鳴があがり、「やめろー！」「うせろ化け物ー！」などと野次が飛びまくったが、私は気にせず時間いっぱいやった。

　終わると客は逃げて誰もおらず、降りると店長に「すまんが、今日限りにしてくれ」と言われ、私の取り分の現金を差し出された。

　彼の顔は、心底からおびえきっていた。ほとんど異形の怪物に遭遇した人の目だった。

　こんなことがあっても、それは私をますますやる気にさせるだけだった。人前で思い切り目を見開く快感は、それまでにない格別なものだった。

　歌がダメなら役者という道がある。極悪商会という悪役専門の組合があり、新人の募集はしていないが、直接行って頼んでみたら、案外目つきだけで入れてくれるかもしれない。役者デビューすればテレビや映画で私の血も凍るような身の毛もよだつ恐ろしい怪物の目を日本全国、いやもしかすれば世界中に披露できるかもしれない。

　全世界が私のぎょろ目に震えあがり、心臓の弱い奴はショック死して、各国で膨大な死者が出るだろう。そうなると人類の敵として殺されるかもしれないが(まあそうなるだろう)、このまま怒りも憎しみもひた隠しにしたうつろな目で、毎日いじめられるだけの日々をチンタラ送って歳食って死ぬよりは、好き放題に自分を見せて見せて見せまくって殺されたほうが、よっぽど素晴らしい人生だ。

　極悪商会がダメでも、いくらでも手はあろう。ネットを使えば、私の顔などすぐに拡散できる。

　世界が、人類が私のおぞましい顔で破滅する日は使い。パンデミックなぞ目じゃない未曾有の大量虐殺が、明日にも実現する。

　待っていろ人間ども！

　私のこの二つの目が、お前らをこの地球から一人残らず消し去るのだ！

　人類よ、俺の目を見ろ！！

　俺のこの醜い、おぞましい破滅の目を見ろ！！　見るがいい！！(終)