(2)アレクサンダー②
ロンドル王国に、チハルが聖女として召喚された日のこと。
チハルは、旅の護衛として引き合わされた俺を見るなり、「本物のアレクサンダーだ……!」と、わなわなと震えながら、無礼にもこの俺を指差してきた。
本物がいたら偽物がいるのかと問うと、彼女は「私の故郷には、あなたが登場する乙女ゲームがあるんです。あなたは私の推しキャラで……」と、顔を赤くして言った。
俺には、チハルの説明が下手くそすぎて、乙女ゲームがどんな代物なのか想像がつかなかった。だが、チハルの故郷では、俺が最強の騎士で最高の美男子として語られていることだけは分かった。
その時の俺は、異世界にまですごさが広まっているなんて、さすが俺! と自分を賛美していた。そして同時に思っていた。元々好感度がマックスのこの女、めちゃくちゃチョロそうだと。
このとびきり整った容姿と抜群の剣の腕とセレブな実家と類まれなる頭脳のおかげで、俺は女性に困ったことがなかった。いつでもモッテモテだった。
だから、まぁ、この異世界人の聖女もすぐに落とすことができそうだと思っていたのだが――。
「ロンドル王国の旗をバックに立つアレク……、可愛すぎる!」
「アレクだと? 馴れ馴れしいぞ、聖女。だいたい、この俺を可愛いなど……」
「あ、違います。アレクサンダー様のことじゃないです……!」
ばっさりと言い捨てたチハルの手には、手のひらサイズのぬいぐるみ。チハルは、王国旗の前にぬいぐるみを立たせ、地面に顔が付いてしまうのではないかという角度から、それを眺め回していた。
そう、先述したアレクぬいだ。
チハルは、俺のことを「アレクサンダー様」、ぬいぐるみのことを「アレク」と呼び分けていた。そして、この俺よりもぬいぐるみの方を溺愛していたのだ。
◆◆
写し絵器を手に入れてからは、チハルのアレクぬいへの溺愛っぷりは、いっそう顕著になった。
旅先で俺が高級ディナーをご馳走してやれば、もちろんアレクぬいは皿の前に現れた。
俺が「ぬいぐるみなど撮っていないで、俺を撮ればいいではないか」と言うと、チハルは頑として首を縦には振らず。
「アレクサンダー様と高級ディナーを撮ったら、すごく自慢げで嫌味な感じになっちゃいますけど、アレクとディナーなら、可愛い感じに収まるんで」
と、理解不能なコメントを残し、チハルはシャッターを切っていた。
◆◆
俺とチハルで森の魔物を倒したら、戦利品の宝珠や金貨に囲まれながら、アレクぬいが魔剣ふらんべるじゅを構えていた。
俺が「俺の勇姿をなぜ撮らん⁉」と食い気味に尋ねると、チハルはとんでもないと大きく首を横に振っていた。
「流血写真なんてNGですよ! 私は見る人がほっこりできる写真を撮るんです」
と、誰に見せるわけでもないくせに、謎のポリシーをアピールしてきた。
◆◆
二人でとある領地の舞踏会に参加した時は、ついにチハルは俺の写真を撮った。
俺が「ほう。チハル、ようやくこの俺を撮る気になったか。お前がどうしてもと言うのなら、一緒に写ってやってもいいぞ」と決め顔を作っていると、彼女は「とんでもないです!」と手をぶんぶんと顔の前で振っていた。
俺は、「照れるとは案外奥ゆかしい女だな」とニタついていたのだが、現実は甘くなかった。
「何をおっしゃってるんですか! 資料用なので、私が写ったら邪魔ですよ! ゲームのスチルでは、バストアップだけだったので。正面と背面と、それから側面からも撮らせていただいでもいいですか? お顔は不要なので、首から下を撮りますね」
と、チハルは職人の目をして俺を見ていた。
全てはぬいぐるみのアレクのため。
ぬい活の一環で、服飾スキルまで身に着けたというチハルは、俺の唯一の写真をアレクの服作りのために昇華した。
◆◆
そして、俺が故意に一部屋しか取らなかった宿屋では、真っ先にアレクぬいがベッドのど真ん中で就寝していた。
「おやすみ。アレク。アレクサンダー様」
にこりと微笑むチハルは、アレクぬいの寝顔を撮影すると、すぐにソレの右側に滑り込んで眠りについた。
俺は無言でアレクぬいの左側に横たわり、天井を睨みつける他なかった。
(なぜ、俺が二番目……!)
すぐ手が届く距離で、チハルがすやすやと可愛らしい寝息を立てているというのに、なぜ俺がぬいぐるみ以下の扱いを受けている⁉
この愛は俺に向けられるべきもののはずだ。だって、このぬいぐるみのモデルは俺なのだから。
このような不条理があってたまるかと、俺はがばっと身を起こし、眠るチハルに手を伸ばそうとした。
チハルも「推しキャラ」なるこの俺に抱かれるのであれば、光栄に違いない。今までも、俺に抱かれて喜ばなかった女はいなかった。皆、俺のために俺を愛したのだから。
(チハル。今日こそ俺のモノになれ……!)
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