置いてかないでよプラクラゲ

莉夜

ほんとうに

純粋だった頃の自分と大人になっていく自分。汚れていく私はいつか純粋だった頃の自分を手放さなければならないけど、

きっと大切な過去の記憶として永遠に残り続ける。








_


この世界は思ったより汚いらしい。


人には二面性というものが存在するが、それでも、もっと純粋な生き物だと思っていた。


いつの間にか手元にあった四角い箱に詰められた人間の憎悪。



あんなに欲しいと願ったものは触れるのが怖いくらい汚れていて。



もっと優しい世界に住んでいるはずだったのに、知らないうちに思っていたのとは違う未来になっていたようで、そのことに気づいた頃にはもう私も汚くなっていた。





「私、クラゲになりたい」


そう言いながら大きな海ではなく小さな部屋で足を浮かばせた彼女はクラゲのように溶けることはなかった。



ガンっと軽そうに見えておもたいおもたい精密機が床に落ちる。

きっと海ならもっと静かに綺麗な音で落ちただろうに。


ひび割れたそれには一生分以上のシネが込められていた。





シネ、しね、死ね。



その言葉は死んでもなお本物の海以上に大きな海で一生揺れ動くこととなる。


_______

「ノウはさ、死にたいって思ったことある?」


「あるよ。たくさん。でもそれはミヅキもでしょ。」


「私は死にたいっていうより、この世に存在していた事実を消し去りたい。」



_______


初めて箱の蓋を開けた時、そこには信じられないほどキラキラと輝いている海があった。


しかし、のめり込めばのめり込むほどそこは暗くて、汚い。










「大人になるって、汚くなること?」







沢山の皮肉に包まれた私たちはずっと嘲笑われているような気分だった。


「私、大人にはなりたくないな」


そう言って子供のままでいることを選択した君に、大人になることを選んでしまった私はどう見えるのだろうか。


もし今の私とあの頃の君が出会えたら、君を救えるような大人になれているのだろうか。

_______

君の部屋にあるプラスチックでできたクラゲの置物を見つめる。


「こんなのあったっけ?」


「うん、最近買った」


「こういうの好きだっけ」


「クラゲがというより、このプラスチックで出来てるっていうのが馬鹿にしてる感じがして買ってあげた」

_______



慌てて握った手に残るものなんて何もなくて、生きる意味を見失ったような気がした。



優しく生きたくて、人に優しくして、でもそうすれば自分の心の奥の醜さがどんどん露呈して、



多様性を求められた私たちは普通がなんなのか分からなくなっていた。

普通に生きるっていうのは個性として認められないのだろうか。


どうしても他人といる時に外側からその人たちを見てしまう感覚が抜けなくて。


純粋な心を素直に応援できる心はもう持ってなくて。


流行りも全て気持ち悪く思えてしまった。

それを無闇に使う若者も、馬鹿にするように取り上げるメディアも。


みんなきっと思ってる。自分が1番苦しい思いをしていると。












「結局君も同罪じゃない?」


そう言えたらどんなに楽だったのだろうか。



イライラするのもさせるのも、喧嘩するのも無視するのも、デメリットが大きいことに私は漸く気がついた。



我慢が大人になるための近道だった。


死にたいなんて感情はもう飽きた。

それは思った以上のたくさんの死に触れてしまったからだろうか。それでも、




「いなくならないでね」


この一言を簡単に言えるほど私は強くなかった。








君が最後に残した、頑張っても溶けることのないプラスチックのクラゲを自分の部屋に置く。これを無くさない限り、私は君に置いていかれたという事実を一生忘れることはないだろう。





置いてかないでよ




プラクラゲ

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