第26話 【朝活】僕より弱いヤツに会いに行きます 3
ここはダンジョンの中だ。油断なんてしていたら足下をすくわれる。
途切れた集中力を戻すように深呼吸をしながらゆっくり瞬きをする。そのまま、ダンジョンの奥の方を見ようと思ったら、その前にスマホが視界に入る。
『瞬殺かよ』
『カメラに写ってなかったですね』
『多分光の大きさからミノタウロス』
『トレーナーの名前は伊達じゃないな』
『まさかの鬼トレーナー』
『魔力を吸わせない徹底ぶり』
『専属はいらんやろ』
リンドヴルムさんは何事もなかったようにリスナーさんと話していた。厳しいかもしれないけど、口調は優しいし、これ以上何も言わない。
「鬼トレーナー? たかがミノタウロスの一匹ですよ。真白が倒せば良いだけですからね」
たかが一匹。相変わらずのんびりと言っているが、リンドヴルムさんが本心から言ってくれるのが段々とわかってきた。
「みなさん、行ってきます。あの、コメントは家に帰って見返します」
なら頑張ってミノタウロスを倒そう。私はコメントを見ながら戦える程強くないから、見ない方が良い。
カメラに向かって頭を下げてから、リンドヴルムさんへ視線へ移動した。
リンドヴルムさんは私と目が合うと微笑みながら奥の方向を指さす。
「奥に進みましょうか」
「はい」
リンドヴルムさんが指さした方向へ歩きながら急いで魔力を体に振りスキルレベルを上げる。
あっ。体のレベルが四にあがった。凄い。こんなに一気にレベルがあがるんだ。ならやっぱりミノタウロスと戦うしかない。
そのまま奥の方を見つめるとミノタウロスの雄叫びが聞こえた。
***
ゴブリンと一緒ですよ。最初はそんな事はないと思っていたが、段々とリンドヴルムさんの言葉がわかってきた。
更に体のレベルも上がったので、最初に比べてミノタウロスの動きも段々追いやすくなった。
今はあれから十体倒して体のレベルは十二。最初に比べて楽に倒せたので、リンドヴルムさんの経験が足りないと言う言葉を実感する。
レベルと一緒に自信もついたのか今朝に比べると少しだけ前向きになれている気がする。
だからと言って油断出来ない。タイミングを一歩でも間違えると殺される。
「来た」
ミノタウロスの気配がわかってきた。そのまま見るとミノタウロスが私に向かってくる。
少し早めに火を出し、ミノタウロスを燃やす。ミノタウロスを倒せる火力もわかってきたので、流れ作業だ。
もう少し強くなればコメントを見ながら討伐も出来るかもしれない。って考えるのは良くないな。まずは二十五匹倒してからだ。
吸収した魔力を体に振りながら、ミノタウロスの気配を探る。割り振っても体のレベルは十二のまま。段々とレベルがあがりにくくなってきた。
次のミノタウロス……じゃない?
「何?」
急にミノタウロスとは違う気配がした。その気配の方向から石か何かが勢いよく向かってきた。
「……っ」
なんとか避けられたが、すぐに後方で何かがはじけるような音がした。気にはなるが、振り向いたらその瞬間殺される。なんとなく感じた。
視線はそのまま何かが飛んできた方向を見る。
何かがいる。ミノタウロスではないのは確か。まずはそれが何かを考えないと、その何かに視線を集中しながらも正体を考える。
ゴーシールシャとアシュヴァシールシャならきっと私よりも格上だからとっくに私の前に現れている。多分隠れているなら私のことを少しは強いと思っている魔物。
「ケンタウロスか」
きっとまばらにあるあの木々のどこかに隠れているんだろう。
先ほどの攻撃から私は間違いなくケンタウロスの射程に入っている。背中を見せたらその瞬間弓で攻撃をしてくる。逃げられそうもない。なら戦うしかない。
ケンタウロスの推奨レベルは体のレベル二十か風のレベル十五。両方とも足りない。なら火でなんとかするしかない。
火でどうにか出来るか? 先生の話を思い出す。ケンタウロスは弓で攻撃する。その弓は特別の魔力がこめられていないが、ケンタウロスの腕力が強いので、大木が粉々になる威力で放たれる。あの爆発音だ。
「……なっ」
考えるのを止めさせるように再び弓が飛んできた。なんとかよけられたので後ろから何かが壊れたような爆発音がする。
まずいな。このままじゃ防戦一方だ。まずはケンタウロスの弓をなんとかしないと。
ケンタウロスは普通は体のレベルを上げて、避けて弓をはたき落とすか、風の魔力で弓を拭き飛ばす必要がある。正攻法は火で代用できないな。
考えなきゃ。火で戦うには? 弓を燃やす?
……無理だ届かない。ケンタウロスは私の射程範囲から離れている。燃やすにはある程度近付くしかない。
けど動いたら矢の軌道を追えなくなる。矢を避けながら進むのは無理。
だからケンタウロスの隠れる木が少ない場所だったのに、運が悪い。
って違う。弓をどうするかだ。弓を奪ってしまえば、火で燃やすことも出来る。
そう考えている間も弓が飛んでくる。今はなんとか避けられているけど、弓をどうにかしないと。
良い案が思い浮かばない。
「ダメだ。燃やすしかない」
何もしないよりはマシだ。飛んできた弓に狙いを定めて火を当てる。だが間に合わず避けられたのはギリギリだった。バランスを崩したせいで転びそうになる。
「やばっ。あっ」
まずい! 落ちる前に右手地面につき、なんとか体勢が崩れずにすんだ。前だったら無理だったのに。体のレベルがあがったからか。
「少しは強くなっている」
実感は出来ていないけど、強くなっているのは確かだ。もう一度だ。集中してケンタウロスの方向を見た。
「今だ!」
ケンタウロスが弓を行った瞬間に、右手を構える。先ほどよりも少し早めに火を出す。
「……つっ」
だが火は矢には当たらず、矢が私の所に向かってくる急いで回避し、何とかギリギリの所で避けられた。
「だめだ」
弓に火が当たらない。体がレベルアップしても私のエイムがどん底過ぎてカバー出来ないのか。
どうしよう?
「羊川。無理して出来ない事をするよりも出来る事を伸ばした方が良い」
突然頭の中に先生の言葉が浮かんだ。こんな時に思い出す言葉じゃない。今は出来ない事をやらない時だ。なんで今思い出すの?
矢を避けながら無理矢理頭から出そうとする。だが頭の中の先生は消えずに真剣な表情で私に向かって話した。
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