1.日本橋ダンジョン

第2話 【耐久配信】ゴブリン300体倒します 1

 ゴブリンは魔衛庁から聞いていたよりも多かった。

 わんこそばみたいに一匹倒したらすぐに別のゴブリンが現れる。ゴブリン討伐は結構しているのにこんなことは初めて。何かあったのかな?

 と考えてもわからない。ならこれから増える可能性もあるし、もっと増える前に倒そう。やっぱ今日は耐久にして良かった。

 目の前にいるゴブリンに向け手をかざす。すぐに火の玉が出てきてゴブリンが燃える。


 あっ、ゴブリンの魔力を吸い取れた。なら倒せたな。そのまま火を消すと、目の前のゴブリンが消えてきた。

 次のゴブリンは……? 来ないみたいだ。一旦落ち着いたのかな。スマホフォルダーで肩にかけていたスマホを持ち、コメントを見る。


『火は最強だな』

『こりゃ、火を出せないと専門卒業できないのわかるな』

『火を出せないと卒業出来ない?』

『冒険者って専門の学校を卒業しないといけないんですよ』

『冒険者は火と水と風と土と無と魔力のスキルがあって、魔物の魔力を吸収してスキルを上げてく』

『そうそうスキルツリー。ゲームで良くあるじゃん。そんな感じらしい。で火のスキルを上げないと卒業出来ない』

『専門の在籍期間は一年半から三年…』

『三年もいて火が出せなかったら諦めそう』

『真白ちゃんは一年九ヶ月で卒業』

『同期が放課後にレベル上げ手伝ってくれたんだっけ』

『てぇてぇ』

『あおはる』

『真白ちゃんの同期って五人だっけ?少ないよね』

『真白さんの入学時期は』

『におわせも良くない』

『すみません』


 リスナーさん達はいつものようにのんびり雑談しているようだった。

 色んなダンジョン配信を見ているリスナーさんが多いらしく私が討伐をしている間は時々解説コメントが流れている事が多い。


『乙』

『真白さん。お疲れさまです』

『一旦落ちついた?』

『お疲れさまです。今、20体』

 

 私がスマホを見ていることに気付いたリスナーさんがコメントする。ゴブリン二十体。まだ配信が始まって十分ちょっとなのに。やっぱり多い。


「ありがとうございます。あと二百八十体ですね。火の話をされていたんですね」


 六本木の事件には触れないようにしようと少し前にあがった火の話題に触れる。

 六本木は私が専門学校入学前に起こった事件だ。六本木ダンジョンの魔物がダンジョンの外に出てこようとした。なんとか魔物の攻撃は防げたが、そこで武闘派の有名配信者さんが死亡した。

 今は削除されているがその映像は人の心を折るのに充分で、そこであきらめた新米冒険者も多かった。

 それで冒険者を追うのを一時的にやめていたリスナーさんもいるし、六本木ダンジョンの話題を出さないのは暗黙の了解となっている。


『おう』

『今日も真白さんの火は安定していますね』

『火だと落ち着いて見てられる』

『やっぱり火が最強』


「ありがとうございます。火が強いのはわかっているのですが、本当は火以外の力もあげた方が良いんですけどね」


 皆さんは火を褒めてくれるのは嬉しい。だけど、火がレベル15。後は体と水と土がレベル3と火に特化し過ぎている。

 火が安全なのはわかっているけど、このままで良いか迷うこともある。


『一年目だからすぐに挽回出来る』

『まずは目標のキングゴブリン』

『ゴブリンはそんなに魔力手に入らないし、キングゴブリンを討伐出来てからでも遅くない』


 確かに。まずはレベルを上げてキングゴブリンを倒せるようにならないと。

 

「そうですね。一匹ずつ着実に倒していきますね」


 話していたら再びゴブリンの気配がした。スマホを離し、気配の方向を見るとすぐにゴブリンが現れた。

 狙いを定めて火は放つと、ゴブリンが燃えた。



 ***



『83体!』


 ゴブリンの気配はするがこちらに向かってくる様子はないので、少しスマホを見る。リスナーさんが数えていたか、ゴブリン数がすぐに目に入った。

 途中から数えるのが大変になってしまったので、助かる。残り二百二十体か。


『経過時間約三十分』

『まだ三十分なのに百が見えてきた。早い』

『ゴブリンが異常に増えてない』

『確かにこんなにゴブリンを見るのはじめてかも』

『私も』

『わいも』

『魔衛庁に通報した方が良いかな?』

『魔衛庁にこの映像は提出するし、俺達は何もしない方が良い』

『そうだった』

『ありがと』


 やっぱ異常だ。流石にここまで多いとは思わなかった。討伐の余裕はあるが、スマホを見てコメントを追う余裕がない。この様子だと次もゴブリン耐久かな。ってまだ今日の配信も終わっていないし。とりあえず今日やってみてからだ。


「残り七割くらいですね。頑張ります」


 スマホを離すと僅かに感じる気配の元へと向かった。

 それから一時間くらいしてようやく周辺からはゴブリンの気配が消えた。とりあえず一掃できたみたいだ。何体くらい倒せたんだろう。


 スマホを取り、コメントを見ると丁度数が流れてきた。


『おつかれ』

『今、193体』

『残り107体』

『今、一時間半くらい』


 リスナーさんが数えてくれているのは助かる。三分の一が終わったんだ。


「ありがとうございます。思ったより速いペースですね」


『日本橋ダンジョンだけですよね。どうしたんでしょうね』

『キングゴブリンが出てきたわけでもなさそうだし』

『こんなに討伐しているのに、キングゴブリンと出会わんしな』

『気味が悪い』


「ありがとうございます。確かにキングゴブリンが出てくるかもしれませんね。注意します」


 話していると足音が聞こえる。スマホを離して、足音の方向を見ると再びゴブリンが私の前に現れる。

 燃やそうとした瞬間。私を追い抜かしどこかへと言ってしまった。逃げたよね。いつでも火を出せるように右手は前に出しながら、左手でスマホを見る。


『逃げた?』

『何?』

『どゆこと?』

『ゴブリン、羊川さんの事を見ようとすらしなかったですね』


 やっぱり逃げていたんだ。何があったんだろうと考えようとしたら、急に背筋が寒くなるような気配がした。

 その気配の先には白色のスライム。何かをドロドロに溶かしたような気味の悪い見た目は見たことがない。逃げた方が良い。それだけがわかった。

 ただスライムは私に対して殺意のような気持ちの悪い視線を送っている。

 背を見せた瞬間攻撃されそうだ。そのまま視線をスライムに向けたまま少しずつ後ろに下がっていく。


『なにあれ』

『有識者』

『リスナーの中に有識者の方はいませんか』

『見たことがない』


 何かヒントがないか左手で握っていたスマホのコメントを見るが、リスナーさん達も見たことがなさそうだ。ただゴブリンが逃げ出すってことはただのスライムじゃないのは確かだ。


「すみません。他の配信者に伝えて下さい。日本橋ダンジョンにやばそうな魔物がいるから近づかない方が良いって」


 ハトと頭に浮かぶがそんな場合じゃない。こんな魔物は見たことがない。未知の魔物を見たら極力逃げるように言われている。特にここ日本橋ダンジョンは初心者向けだし、私のように経験が浅い冒険者が多い。

 私も隙を見つけて逃げたいが、隙がない。


『どうしよ』

『何すれば良いかわからないヤツは落ち着け』

『私、魔衛庁に電話してくる』

『俺、知り合いに冒険者がいるから連絡してくる』

『有識者いたらコメントをお願いします』


 そのコメントが流れると一気にコメント欄が落ち着いた。やっぱり誰も知らない人が居ないようだ。


 とりあえず、逃げられるくらい隙が出来るまで攻撃するしかない。

 スマホを離し、ありったけの力を込めて火を出す。あれ? 避けない? 私に対して殺意まんまんだったのに、動かない。

 よくわからないけど、丁度よい標的だ。


 そのまま火でスライムは燃やしていく。スライムは抵抗する気はなく、火が柱のように段々と大きくなってくる。柱? 私、そんな凄い火を使えなかった筈なんだけど、そんな事は後だ。私の魔力を吸収されている感覚はなさそうなので、ギリギリまで火を出そう。


 燃やすことに集中して火を出していると、突然火を通して魔物のしんぞうが砕けた感触がうまれた。

 倒せた? 魔物から魔力を吸収できたかスキルツリーを頭に浮かべると、ん? 火がレベルが42になっている。どういうことだ。ゴブリンを倒した分のポイントも消えている。火の事を考えていたから気付かずに振ったて事かな。


 吸収できたってことなら倒せた? 警戒しながら火を止める。火が落ち着くとスライムが更にドロドロに溶けていた。

 このまま溶けて消えるかと思ったが、形は保ったまま。なんで消えないの?

 核は壊したはずだ。心臓が壊れたら普通なら死ぬはずなのに。


「なら、もう一度」


 再び火で燃やそうとするが、スライムが避ける。私の火は当たらずに草原を僅かに燃やすだけだった。


 そのままスライムがこちらに来る。なんで突然動きが速くなるんだ? 急いで距離を取るが間に合わず、粘液が私にむかって突進するようにこちらに来る。

 そしてその勢いのまま粘液が私の口の中に入って来た。体の中が水分でいっぱいになっているようだった。もしかして私が倒したのは苗床? もしかして苗床が動きを封じていた?

 私を新しい体にしようとしている? 本当は攻撃をしちゃいけなかったの? 火は……間に合わない。コメントも見ている余裕なんてない。


 どうすれば良いの? 逃げれば。考えても体が動かない。

 苦しい。痛い。このまま死ぬの? その考えが頭に浮かんだ瞬間、視界が真っ黒になった。

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