死神女

ボウガ

第1話

 Aさんの幼馴染は昔から妙だった。

「私、生きてる人間に興味がないのよね……」

 なんていって、告白を断ったりするのが常。結構な美貌の持ち主であったため声をかけられること、告白される事も多かったが、その妙な言い回しに、振られた方も疑問を持つ。


 確かに、彼女はオカルト趣味があったし心霊スポットによく通ったりするので、皆納得していた。それどころか幽霊が見えるという事で、霊に取りつかれていないかと心配する人間までいる始末だ。


 Aさんとは大学で離れ離れになり、それからなんとなく疎遠になった。が社会人になってから5年ほどたち久しぶりに帰郷したときだった。Aさんは幼馴染についての妙な噂を友人から聞いた。


「どうやら、あいつ、死神がついとるらしい……あいつと結婚した人間が次々しんでな、もうバツ3や、財産狙いだとか、保険金殺人だとかいろいろいわれとるがな、別に警察に疑われている様子もない……それにもまして妙なのはあいつ、死んだ夫の墓参りにしょっちゅうでかけてるらしい、その様子が妙で、笑ったり、一人で墓にむかって喋ったり、ちょっと妙だから、お前幼馴染だし仲がいいだろう、様子をみてきてくんねえか」


 そういわれAさんはしぶしぶ幼馴染に会いに行くことにした。少し気まずさもあった。なぜかというと、Aさんと幼馴染とは一時期、ほんの一時期付き合っていたことがあったのだ。


「どういう顔であえばいいのか」


 しかし不安と裏腹に、体は衝動的に動いた。Aさんの中ではどこかで未練もあったのだ。しかし彼女は美しく、思考がよめない。別れを切りだしたときだって、

「ずっと昔からあんたの背中に“イイモノ”がついてたけど、私が払った、大好きな霊だったけどなくなくよ……あんたは私の“趣味”をわかってくれるとは思うけれど……でも、あんたは長生きしたいだろうし、“大好きなあんたじゃなくなっちゃう”けど仕方ないよね」

 何のことかわからなかった。とにかく自分の背中に幽霊がついていて、その幽霊が好きだったのだろうか?


 チャイムを鳴らすと、幼馴染が姿をあらわした。夕方ごろということもあってか部屋着を着ている。部屋に案内され、明るく元気だったので安心したが、いいずらそうに黙り込むと彼女のほうからいってきた。


「私が殺人や、幽霊を操って人を殺してるとおもっている?」

 直球の質問に、たじろいだが、とっさに彼女をかばった。

「そんなわけない、昔病弱で怪我や骨折ばかりしていた俺から、幽霊を払ってくれたじゃないか、君とつきあって、別れてから俺は満足な人生を歩めるようになったんだ」

「ははは、そうね」

 黙りこくっていると幼馴染が奇妙に笑い始めた。

「ふ、ふふふ、ははは、でも周りは、そう信じてくれないみたい……私が、呪い殺しているとか思っていたり」

 とっさに、他意もなく彼女をだきしめた。彼女の肩は震えていた。

「私が本当に殺人を起こしていたら、それでも私をすきでいてくれる?」

 彼女の顔を見る。先ほどまで気丈にふるまっていたが、いまはもう、ひどく落ち込んで人生を諦めたような顔をしていた。

「なんとしてでも君を守る、君の事は今でも大好きだ」


 歯がゆいせりふが口をついてでた。彼女は自分を突き放して、笑った。


 それから、しばらくして、Aさんは、彼女の親友から真相を聞くことになった。Aさんももちろん知っていたが、幼馴染の両親は彼女が幼いころに亡くなっていた、三人でドライブにでかけて、事故を起こして二人だけがなくなった。そして、叔父夫婦に引き取られ、すくすくと成長していた。だが事故の衝撃で妙なもの―幽霊―が見えるようになった。叔父夫婦はそんなものいない。みてはいけないというようになったが、彼女にはそれがショックだった。彼女が最初に見た幽霊は、両親の幽霊だったから。


「どこかで心に傷が残っていたんでしょうね、それでも彼女はそれをこっそり抱えていて、いつのまにか両親の幽霊は成仏していたのだろうけど、それでも寂しさと、事故の結果、心の傷だけがのこった」


 そうして彼女はオカルトに打ち込むようになった。幽霊は相変わらずたまにみた。だが、そんなとき、叔母に今まで見たことのない奇妙な霊が取りついているのをみた。黒いコートで、刃物をもっている。まさに、死神しかいいようがないものだ。


 ほどなくして叔母は、大病を患い死んだ。そして、ある時Aさんの背中にもそれを見るようになった。幼馴染は、慌てふためき、さまざまな寺や神社を守り、助けをこうた。そこで、ある寺で、一枚の札をもらい、それを大事にしていたところ、いつのまにか、Aさんから死神がはがれているのをみた。

 

 だがその死神が消えたのと時を同じくして、寺の住職が亡くなったのをきいた。唯一頼ることができた寺と住職だったし、唯一効果があったものだ。住職は、もしや自分の命を引き換えにAさんを助けたのかもしれない。……事実それ以降、どんな有名な寺、神社、霊能力者を頼っても、知人や恋人、夫から死神を引きはがすことができなかったらしい。

 

 当時、Aさんから死神をひきはがし、安心したがどこかで罪悪感があった。もしかしたら、叔母といいAさんといい、死神を引き寄せているのは自分ではないかと、そのせいで、当時付き合っていたAさんに別れを告げたのだ。



 だが、それでも人恋しくなる事はあるもので、しかし、他人を不幸にしたいとも思えない。そこで、“死神”がついている人間と付き合い、結婚をすることになった。それなら罪悪感もない。


「私、生きている人間に興味がないのよね」


 その言葉は、彼女なりの気遣いだったのだろう。彼女は、幽霊にだけ興味があるわけでもない、人を殺して、その死の喜びを感じているのではない。


 それでも、しばらくしてすぐに再婚した彼女と、その苦痛を隠した屈託のない笑みに人々は噂した。

「彼女は、死神だ、人が死んだのに……あんなに笑って、悪魔だ」

 それから数十年がたった。Aさんは今でも時々彼女に会いに行く事がある。彼女に向けられる偏見を哀れに想いながら。


 それでも彼女は、その美貌故に人をひきつけ、いまでも、バツを重ねながら、幸福に生きようとしているのだそうだ。


 












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死神女 ボウガ @yumieimaru

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