想像力

振矢瑠以洲

想像力

以前、それほど前のことではなかったと思いますが、とても奇妙で不思議な光景を目にしました。私は片側2車線の左側に沿って車を走らせていました。ちょうどそのとき前方右側を走っていたオープンカーに目が止まりました。オープンカーを運転していたのは男性で、その隣に乗っていたのは巨大なクマのぬいぐるみでした。その光景を見た当時はただ変わった人がいるなと思っただけでした。でも、今、その時のことを思い出すとクールだったなという思いがする。なぜだろうと今自問している。

 1993年から日本で放映されたアメリカのテレビドラマで『フルハウス』という番組がありました。舞台はサンフランシスコで、主な登場人物に、妻を交通事故で失った、3人娘の父親のダニー、彼の義弟のジェシー、彼の親友のジョーイがいる。一番年下の娘に、この三人が、アカペラで歌っている場面が、とても印象深く記憶に残っている。その歌は、ジェシーが崇拝しているプレスリーの曲『テディー・ベア』であった。テディー・ベアーを抱えているプレスリーが、何故かクールに見えてくる。そういえば、昔、矢沢永吉が属していたロックグループ「キャロル」の曲で『涙のテディー・ボーイ』という曲があった。矢沢永吉テディ・ベアなるレアグッズがあって、アマゾンでも完売であったそうである。矢沢永吉とテディー・ベアの光景を想像することも、何故かクールに思えてくる。

 テディー・ベアの語源はいろいろあるようだが、アメリカ合衆国第26代大統領セオドア・ルーズベルトに関連したものが、最も聞かれるものの一つらしい。1902年のことであった。彼は休暇でミシシッピーのスメッズという場所に、熊狩りに来ていた。しかし、その日熊を見つけることができず、帰ろうとした時、一頭の子熊を発見。しかし、彼は子熊を撃つことをせずに、逃してあげた。このことが美談としてワシントンポスト紙に掲載された。モリス・ミットムはこの記事を読んで、大統領のニックネーム「テディー」という名の熊のぬいぐるみを作って、彼の経営する駄菓子屋で販売することを発案した。

 2018年に『プーと大人になった僕』というアメリカ映画が、日本で公開された。大人になったクリストファー・ロビンが、奇跡的にくまのプーと再会する物語である。『クマのプーさん』はアニメであったが、『プーと大人になった僕』は実写版であった。ところで、『プーと大人になった僕』に出てくるプーと仲間の動物たちは、人間のように動いて口を利くのであるが、しばらくしてからあることに気がつく。ぬいぐるみである。

 いずれにしても、なぜ熊なのだろうか。熊のぬいぐるみが、なぜこれほどまで人気があるのだろうか。お店のぬいぐるみのコーナーでも熊のぬいぐるみがダントツで多いのではないだろうか。犬や猫のぬいぐるみもあるにはあるが、熊のぬいぐるみが圧倒的に多い。確かに、犬や猫のぬいぐるみはかわいいが、犬や猫はペットとして飼える。どんな精巧なぬいぐるみも本物には到底敵わない。テレビ等で子熊の映像を見ると、犬や猫に負けないくらいの愛らしさが伝わってくる。動物が好きな人は、子熊をペットとして飼いたいと思うだろう。しかし、子熊の時期は飼うことができたとしても、やがて巨大な大人のクマになっていく。それとともに飼い主の命の危険が増してくる。でも、ぬいぐるみのクマであるならそのような心配はない。人間というものはペットにたいして独特の愛着を感じる。擬人化して、話しかけたりもする。飼い主を特別に認識してくれて、慕ってくれる。だが、犬や猫は寿命の差はあれ、人間に比べてずっと寿命が短い。ペットロスという避けて通ることのできないことがある。ハイテク時代の今、かなり本物の犬に近いと思われるような反応ができるロボット犬が販売されている。そのようなロボット犬でも本物の犬に比べたらはるか及ばない。

 クリストファー・ロビンはぬいぐるみに息を吹き込んだ。彼のイマジネーションで息を吹き込んだ。

 1972年にリリースされたロギンス&メッシーナの『プー横丁の家』という曲は、クリスファー・ロビンの子供の想像の世界を、見事に表現している曲だと思う。子供時代というのは想像力に溢れた時代であると思う。しかし、大人になるにつれてそのすばらしい力を失ってしまう。仕事をはじめとした日々の煩わしさの中で失ってしまう。でも、クリストファー・ロビンの持っていた想像力を大人になってからも持つことができるなら、大人になってから直面する困難に正面から立ち向かう勇気が持てるような気がする。

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想像力 振矢瑠以洲 @inabakazutoshi

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