千尋草、半ばの月

詩歩子

第1話 一枝の桜

 竹の別名を千尋草、というの、とその言葉を投げかけてくれた君はその真竹のように、素直な人柄だったはずだ。君は子供の頃から読書が好きで、暇さえあれば都城市内の図書館に入り浸るような古風な文学少女。とにかく、スポーツ全般が得意だった僕からすれば、水と油のような関係性だったけれども、君には平凡な少女とは格段に異質な点があった。

 君は街中で見かければ、その朧月夜の下で可憐に咲く、一枝の桜のように見た者を圧倒させるような美しさを兼ね備えていた。幼馴染の僕が盛らなくても学校では常に噂の的になり、他の少女たちからは嫉妬を覚えるような不遇に陥っていた。

 高校二年の春、君は学園の名だたる五人男子から告白され、それでもなお付き合う意思がなかった君は断った。学園中が騒然となり、ある理由がまことしやかに流れた。



『竹田千尋が振った理由は大手の芸能事務所からデビューのオファーが舞い込んだからだ』



 当初、僕はその噂を聞いて妙に納得した。実際、その噂の出心は明確になり、こんな田舎町なのにも関わらず、芸能界にデビューした君はたちまち、銀盤のヒロインとなった。高校を卒業し、二十歳になり、成人式にも君は来なかった。かつて、苦々しく思っていた同級生の女子たちも話題にすらしなかった。代わりに週刊誌の記者らしい中年の男性が校門の前でうろうろしていた。君のニュースはスマートフォンを開けば、飛ぶ鳥を落とす勢いで流れ、君の異名は『現代のかぐや姫』とも呼ばれた。

 君の飾らない美しさがあのかぐや姫のように似ているから、と一部の熱烈なファンが名付け親だったらしい。しかし、僕は君の幼いころからその明朗な性格を知っていたから、おとぎ話の『かぐや姫』のように多数の男性の心を手玉に取る、かぐや姫という異名は不満だった。

 新設された都城市立図書館でも君はとにかく映えていた。君は本が好きで都城市立図書館がリニューアルオープンしたときも心から喜んでいた。冴えない僕も幼馴染の連れで何度か、まるで海外の名門大学の瀟洒な図書館のような内観の都城市立図書館で自習をしていた。

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