仔細顔で首を縦に数回振り、俺が言った感想がどれだけ的を得ているか、余すことなく把捉しているようだった。きわめて底の浅い器であることを自分自身で分かっていながら、拙い取り繕い方をする。そしてそれを間に受ける彼女の態度がより事態を悪化させ、後戻りできない泥濘の深さまで足を突っ込んでしまっている。彼女の気受けに合わせて、のらりくらりと旗色を窺いながら動くたび、風見鶏さながらの節操のなさが顔を出す。口はどこまでも軽々しく、踏み出す足の軽薄さは、あたかも月面に居るかのような心地にさせる。末期状態と呼んで差し支えない面差しを、コーヒーカップの中の自分と目が合ったことで確認する。


(しっかりしろ)


 そぞろに遠くを見出す俺の行動は、複雑怪奇な人間として映るだろう。嘆息めいた息の吐き方を鼻でした後、しずしずと彼女と向き合う覚悟を腹中に誓う。腰の引けた態度をおくびにも出さぬように心掛ける苦心は、不合理極まり、無知をさっさと述懐してしまえばいいのだ。そちらの方が人付き合いを続けていく上で窮屈しない。だがしかし、これは人間の性だろうか。徒労に終わる事この上ない、見栄の張り方をしてしまう。


「比較的、飲み始めは酸っぱく感じるけど、後味は清涼感のある香りが鼻を抜けていくんですよね」


 俺は一語一句、彼女の言った批評をそのままなぞった。手練手管を駆使し、他人の傾聴を誘うような機知に富んだ言い回しはできない。ならば、クスリと笑える冗談で自身を道化に置いて、体裁の維持に努めるしかない、只、それは冷笑に変わるかもしれない一か八かの冗談であり、彼女の柔和さがなければ成立していないだろう。


 そんな折に、口元へ手を添える可憐さが、手首の内側を見るチャンスとなり、俺はすかさず一瞬の隙をついて矢のような速さで目をやった。本来であれば、その正体を確実に掴もうと躍起になったなら、首を伸ばして覗き込む必要が出てくる。格好は如何にも下心満載の見るに耐えない男を象り、取り返しが付かない愚行となって評価を落とすことになっただろう。しかし、今回はそんな機会を設けることなく、無事に盗み見ることができた。


 ドラマやアニメ、作劇上の物語でしか目視したことがなかった。俺の環境が特別、恵まれているとは思わないし、逃げ場のない袋小路で手ぐすね引いて待った結果、ようやく辿り着くような事柄。「リストカット」口に出すだけでなかなか沈んだ気持ちになり、夜気に紛れて凶兆を運んできそうな響きである。呪詛という言葉の意味も真実味が増してくるものだ。

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