「じゃあ……」


 俺は落ち合う為の場所の指定を迅速に行い、電話を切る。何も期待するな。今から只、雑談に臨むだけである。妙な高望みをして痛い目を見るぐらいなら、目算を低く設定し、それを潜って尚、期待を裏切られたと思ってはならない。これは精神衛生上の問題であったものの、振る舞いにも強く影響を与え、軽んじるには些か無理がある。腹積りの保ち方に資する重要な損益の見通しは、悲観的であればあるほど、拙速さを帯び、楽観的であればあるほど、勇み足を帯びる。これはどちらも、出足の速さを物語り、一見すると違いが分からない。だが、終尾に際して変化が現れ、抱く感情も大きく異なる。


「よし」


 まるで、意中の相手から逢瀬の約束を取り付けたかのような並々ならぬ気炎を吐き、俺は帰路に向いていた足の踵を返す。隣町まで移動するのに必要な約五キロメートルを徒歩で移動し、彼女が待つ駅前に向かう。電車に乗るという選択肢も当然ながらあった。だが、歩いている方が考えや気持ちの整理が付き、彼女といざ面と向かう時の心構えを整えるつもりだった。


 今日は雲の動きがやけに早い。気象庁が天候に関わる情報の発表を行うサイトに載せられている、気温から天気、風速に関しての情報へ雑多に目を落とすと、赤い帯に強風警報の発令を記す文字を発見した。地上を歩いている限り、強風の存在はあまり感じられないが、空目使いした先で羽を広げるカラスが前に進むでもなく、只々その場で留まっているのを見れば、強風が如何に上空で吹き荒れているかを物語る。悠然と歩を進ませている間に、あらゆる情報が目に飛び込んできた。普段なら見落として当然の情景を仔細にキャッチする。電柱の影に隠れた愛玩動物の糞や、軒先に作られる雀の巣など、人工物に付随する自然環境がとくに目が付き、次から次へと飽くことがない変化は機知に富んだ。


 風来坊さながらの散漫的な視線を楽しんでいれば、駅前特有の人口密度と鉢合わせる。齷齪と人流が動く町の要衝ではあるものの、所謂シャッター街と呼ばれて揶揄される光景が、少し遠くに焦点を当てれば見えてくる。形骸化した店舗の連なりとは裏腹に、人の数はやはり多く、そのほとんどが離れた先にある大型商業施設に向いた。典型的な郊外の風景とは、ブランド化されていない個人商店の列強を意味し、土地の広さに託けて建てられる家族向けの箱庭は、独占性の薄い商品達が我が物顔で並びがちなのだ。


 そんな状況を憐れむのはいつだって、栄えた時代を知る上の世代である。俺のような成人も迎えていない世代の人間からすると、物心がついた頃と何一つ変わらず、見慣れた景色である為、とりわけ感慨に耽るようなことはない。ただし、味気なく想うことはある。見慣れたチェーン店の並びに新鮮さはないし、似通った身なりと舌の感覚に染まり、凡そ面白みに欠ける人間が完成する。

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