「……」


 通う学校が違うといえど、傾き始めた太陽の位置からして、彼女もきっと帰路を歩いている頃に違いない。部活に属していないことを無味乾燥なる質問の列挙により把握している。ならば、今ここで俺が電話の一つをしても、彼女が白い目を浴びることはない。自分の都合ばかり追いかけた思索は、きわめて手前勝手な想像を自立させ、全くもって思慮深くない粗野な判断を下す。


「プルル、プルル」


 呼び出し音を右耳に聴く。想像するに、今彼女は鞄の天地をひっくり返すようにスマートフォンの居所を探っているはずだ。そして、俺からの着信だと分かったのち、一呼吸置き、咳払いをする。声の調子を整え、漸く応答と書かれた画面の表示に指を伸ばす。


「もしもし」


「真田です」


 はっきり言おう。俺は電話が大嫌いだ。自ら電話を掛けるのも、出るのも妙に毛嫌いしている。電話を掛けざるを得ない状況に追い込まれてからやっと、硬質な声色で電話口に向かって名乗る。人生を生き、文明社会に根差す以上、電話を掛ける経験は怠れない。だが俺は、見事にその経験を掻い潜ってきたのだ。凡そ褒められたことではないが、これは事実としてあり、第一声すら危うかった。とはいえ、こちらから名乗る程度の礼儀は弁えている。ただし、それ以降のやり取りについて俺は無知としか言いようがなく、帰路を歩む足がそぞろに止まった。


「その、あの、」


 歯切れの悪い言葉を正しく理解しようとするなら、肉親と遜色ない無言の察しが必要となり、真心が伴わなければなし得ない。彼女は押し黙り、俺が言おうとしていることを理解する姿勢を示している。たしかに、電話を掛けたのは俺だ。俺から何かを言い出さないかぎり、この無言の時間は長引き、いつまで経っても口籠り続けることになる。


「今日、今から空いているかな?」


 朝に顔を合わせたばかりの関係を度外視した突拍子もない誘い文句は、陳腐を通り過ぎて、もはや物珍しさが勝つだろう。奇矯な心の持ち主ならば、俺のこの誘いを面白がり、もしかしたら乗ってくるかもしれない。だが、彼女の素性をまるで把捉していない俺の見立てでは、上記の条件は楽天的な考えとしか言いようがない。


「いいよ」


 二つ返事に近い間隔で彼女は了承する。この上なく呆気ない返事から、投げやりな語気を感じざるを得ず、それは無数にある木の枝を波止場とする鳥の気まぐれに等しい。心に芽生えた蟠りのせいで、本来なら嬉々として受け入れるところに待ったを掛け、出し抜けに浮上する訝しさに絡め取られた。俺が彼女に対して行った一連の出来事こそ、不審極まるものであるはずなのに、どうしてこうも身構えてしまうのか。阿呆は阿呆らしく、素直に喜べばいいのだ。蜘蛛の糸のように思索を伸ばしたとて、今後の行動の役に立つとは限らないのだから。

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